命題と論証

Dr. SSS 2024/01/07 - 16:00:49 53 論理学
はじめに

「$\sim$ならば$...$ではない」や,「$\sim$であるためには,少なくとも$...$でなければならない」などの,何らかの判断を下すための形式的な主張は論証(argument)と呼ばれる。 数学における証明に限らず,様々な文脈で,正しい論証を構築することや,論証の正しさを判定する能力が要求される。 しかし,私たちは論証の正しさを,どう定義し,どう判定すればよいだろうか。 それらの問いを扱うのが,論理学(logic)である。

論証は通常,1つあるいは複数の前提(premise)と,結論(conclusion)と呼ばれる文からなる。 我々はまず,文の中でも特に,真(true)か偽(false)かが定まる文,すなわち命題(proposition)について扱う命題論理(propositional logic)について学ぶことから始めよう。

※ 文(sentence)に似た語として,言明(statement)という用語もある。 一般に,意味論的な立場から文を扱う際に言明という呼び方をすることが多いが,命題の同義語として用いられることもある。 よって,この語を含む文献を読む際は注意が必要である。 ここでは言明(statement)という用語は用いない。


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内容

命題とは

改めて,命題についての定義を与えておこう。

定義: 命題とは真か偽かが定まる文である。

定義より,疑問文,命令文,あるいは感情を表す文などは命題とはみなされない。 ここでは,「~は間違いである」や「~は許容される」などの道徳的な文も命題とみなせるという仮定の下で議論を進める。

以下の文はすべて命題である。

  • 「ホモ・サピエンスは動物である」。
  • 「過去$1$年の間にホモ・サピエンスによって殺害された動物の数は$100$億よりも大きい」1
  • 「植物は神経細胞を持つ」。
  • 対して,「$x$は$100$億よりも大きい」や「$x\in \mathbb{N}$」などは,$x$に具体的な値が代入されない限り真か偽が定まらないため,命題ではない。 こうした種類の文については後に扱う。



論証の妥当性と健全性

論証とは,例えば次のようなもののことだ:

\begin{align} & \begin{array}{l} あなたがホモ・サピエンスであれば,あなたは動物である。 \\ \underline{あなたはホモ・サピエンスである。} \\ よって,あなたは動物である。 \end{array} \\ \notag \\ & \begin{array}{l} \underline{魚は植物である。かつ,植物は脳を持つ。} \\ よって,魚は植物である。 \end{array} \\ \notag \\ & \begin{array}{l} ライオンがレイプをするのであれば,ヒトがレイプをしても許される。 \\ \underline{ライオンはレイプをする。} \\ よって,ヒトがレイプをしても許される。 \end{array} \\ \notag \\ & \begin{array}{l} ホモ・サピエンスは動物である。 \\ \underline{ブタは動物である。} \\ よって,ウシも動物である。 \end{array} \end{align}

これらは,それぞれ最初の1つあるいは2つの文が前提で,最後の文が結論に対応する。

読者は,これらの論証のすべてに納得がいくわけではないだろう。 しかし,何が「まっとうな」論証かどうかを決めるのに直感のみに頼るわけにはいかない。 ここで必要な客観的な基準を与えるのが論理学の主な役割である。 そこで,まず,次のような概念が定義される:

定義: 前提がすべて真であれば,結論も真であるような論証を,妥当(valid)な論証という。

言い換えれば,妥当な論証とは,前提がすべて真でありながら,結論が偽であることはあり得ないような論証のことである。 したがって,例えば上の論証(1)は妥当な論証である。 では,論証(2)はどうであろうか? この論証は前提も結論も偽である。 しかし,論証が妥当であるとは,あくまで「前提が真であれば」,結論も真であるということに過ぎず,その論証に含まれる命題の実際の真偽には依らない。 よって,論証(2)も妥当な論証ということになる。 同様に,論証(3)も妥当な論証である。 一方,(4)は含まれるすべての命題が真なる命題であるが,それぞれ独立な命題であり,前提の真偽が結論の真偽を決定しているわけではないから,妥当な論証には当てはまらない。 (4)に関する説明については,少しわかりづらい部分があるかもしれない。 これについては,以下で真理値表という道具を用いて説明する際に明確になるだろう。

上の論証(2)や(3)などが示すように,論証の妥当性は,それが「納得のいく」ものであるかどうかに関して私たちが日常的に用いているであろう基準とは大きく異なる。 そうした日常的な基準により近いものは,次の概念によって与えられる:

定義: 妥当であり,かつすべての前提が真である論証を健全(sound)な論証という。

この定義に当てはめてみると,妥当な論証であることを確認した上の論証(1)から(3)のうち,論証(1)は健全な論証であるが,(2)および(3)は妥当ではあるものの健全な論証ではない(ただし,ライオンを道徳のお手本にしている一部のノンビーガンにとっては(3)も健全な論証とみなされるかもしれない)。


参考文献