最も惨めな生を強いられるウシ,ブタ,ニワトリたちに代表されるように,古来からホモ・サピエンスは様々な生物種を家畜化してきた。

この慣行は暴走を続け,現在では,バイオマス比で見た地上に生息する哺乳動物の9割以上は,ホモ・サピエンスと家畜動物という事態にもなっている。

工業化された畜産場では途方もない苦しみがもたらされているだけでなく,畜産業による大規模な大気汚染森林破壊,そして温室効果ガス排出により,地球史上最大の大量絶滅も引き起こされようとしてる。

これらの破滅的状況をして歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリは「工業畜産は歴史上で最も重い罪の一つである」と断言している

しかし,ホモ・サピエンスが家畜化の対象としてきた動物には,親戚の種であるウシ,ブタ,ニワトリたちだけでなく,自分たち自身の種も含まれると主張するのが「自己家畜化仮説」である。そして,バルセロナ大学の研究者らはこのほど,この仮説を裏付ける初の遺伝的証拠を見つけたと発表した

例えばイヌやネコなどについて考えてみるとわかるように,家畜化された動物は野生種と比べて,小さな歯や頭蓋骨,垂れた耳,短いしっぽなど,いくつかの共通する身体的特徴を持つ。

こういった特徴は,比較的温和な個体を選別し,アグレッシブな個体は殺害するというヒトによる家畜化の帰結として生じた。そして,この種の特徴はホモ・サピエンス自身にも共通しているという指摘が古くからなされてきた。

ただ,自己家畜化という用語を,字面から判断しないように注意しないといけない。

ここでいう「自己」は長い世代にわたる「ホモ・サピエンスという種」を示しており,ホモ・サピエンスの個々の個体が自身に対して何かを働きかけたということではない(遺伝的な変化の蓄積の結果である家畜化を,単一の個体が一世代で行うことはできない)。

自己家畜化仮説が示唆するのは,ホモ・サピエンスの集団が,より協力的で集団にとって破滅的でない個体を選抜し,そうでないものを殺害したりのけ者にすることで,従順な個体を選抜してきたということである。

研究チームらが焦点を当てたのが,BAZ1Bと呼ばれる遺伝子である。この遺伝子は,神経堤幹細胞という細胞の振る舞いに関係しており,この細胞の量が少ないことが,家畜化された動物の身体的特徴に繋がっていると考えられている。

彼らは,この遺伝子の影響を調べたところ,顔面的特徴に関連する数百の遺伝子に影響していることを見出した。そして,ホモ・サピエンスが滅ぼしてきたと考えられているネアンデルタール人など,他のヒトの遺伝子を比較したところ,ホモ・サピエンスにおいてのみ,BAZ1Bによって制御される遺伝子に著しい変異があることが見いだされた。

この発見は,自己家畜化の決定的な証拠とはならないが,我々の種に固有な特徴の進化的な起源を明かすアプローチの一つとして,重要な先例を示したといえる。

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