Introduction
Lie群は一般に複雑な構造を持った対象であるが,左移動という微分同相写像のために,その局所的な情報は単位元の近傍に集約されている。
そのため,接空間を考えるにあたっても,上の接空間が特別な重要性を持つ。
特に,Lie群の接空間はベクトル空間であるだけでなく,以下で定義する群のLie代数と呼ばれる構造を持っており,Lie群の多くの情報がそこに含まれている。
このLie代数の構造もまた,上に課された構造とみなすことができ,これによりLie群全体の構造を分析するための効率的なアプローチが提供される。
以下,級多様体を念頭に議論するため,特に断りのない限り,多様体という言葉は級多様体を指すものとする。
また,Einsteinの規約に従い,上下繰り返しの添え字は和を取ることとする(は右辺の表現でも下付きとみなす)。
Lie代数
Lie群上の任意の不変ベクトル場は,任意のに対し
を満たす。
つまり,上の不変ベクトル場全体の集合もまたベクトル場を構成する。
このベクトル場をと記す。
以下で示すように,の任意の2元からなるLie括弧は
を満たすから,であり,はLie括弧に関して閉じている。
とそのLie括弧を合わせて,Lie群のLie代数(Lie algebra)という。
の任意の元,つまり上の不変ベクトル場が与えられたとき,その上での値がわかれば
によって任意の点上の値もわかるから,左不変ベクトル場はでの値によって決定される。
反対に,上の接空間の元が与えられると,によってとなる左不変ベクトル場を定義できる。
したがって,とは1対1に対応付けられる。
これより,Lie代数の次元は,Lie群の次元と一致する。
この1対1対応があるため,Lie代数の構造を調べるにあたっても,上での構造がわかればいい。
構造定数
単位元上の接空間の基底をとし,Lie括弧を考えると,これもの元であるから,基底を用いて
と表すことができる。
ここに現れる係数を構造定数(structure constants)という。
Lie群の群構造はこの構造定数によってほぼ決まる。
先に述べた事情から構造定数はに独立な定数である。
実際,基底から左移動により各においてとなる線形独立なベクトル場の組が作れる。
そして,であるから,()を左移動すると,()および()より
となり,はによらない定数でないといけないことが確認できる。
式()の証明
定義:
多様体からへの滑らかな(級)写像があり,上のベクトル場と上のベクトル場が,任意のに関して
を満たすとき,ベクトル場とは-関係(-related)にあるという。
補題:
上のベクトル場と上のベクトル場が-関係にあるとき,上の滑らかな写像と,任意のに対して
が成り立つ。
proof
- -関係にあるという仮定より
である。
- 微分の定義とより,左辺は
右辺は
である。
- は任意であるから,求める関係が得られる。
□
補題:上のベクトル場と上のベクトル場がそれぞれ互いに-関係にあるとき,Lie括弧とも-関係にある。
proof
となり,求める結果が得られる。
最初と4つ目の等式はLie括弧の定義,2つ目の等式は,3つ目の等式は式():,最後の等式は微分の定義を用いた。
□
さて,より,左不変ベクトル場は左移動に関して()の関係を満たすから,上の補題より
が成り立つ。
すなわち,左不変ベクトル場のLie括弧も左不変である。
こうして式()が示された。