Introduction
ここでは,多様体上のベクトル場が生成するフローについて説明する。
まず初めにフローの直感的イメージを与え,その後より厳密な定義を示す。
以下,級多様体を念頭に議論するため,特に断りのない限り,多様体という言葉は級多様体を指すものとする。
また,Einsteinの規約に従い,上下繰り返しの添え字は和を取ることとする(は右辺の表現でも下付きとみなす)。
フローのイメージ
をベクトル場に沿った積分曲線とする。
イメージをしやすくするために,パラメータを「時間」とみなそう。
このとき,多様体上の任意の点と任意のに対し,点をベクトル場の流れに任せたまま「時間」放置したとき辿り着く先の点に写す写像を考えることができる。
このの集合を,フロー(flow)と呼ぶ。
以下で,フローについて,もっと形式的な定義と説明を与える。
局所フロー
あるに対しと,が与えられたとき,任意のであるとに対して
を満たす連続写像が定義できる。
を固定すれば
はからへの微分同相写像となり,およびがに含まれるなら
を満たす。
写像の集合を,局所フロー(local flow)といい,局所フローによって定義される点の集合を,点の軌道(orbit)という。
の軌道は点を通る曲線であり,その接ベクトル
の集合は上でベクトル場を構成する。
このようなベクトル場をフローによって誘導される(induced)ベクトル場という。
1パラメータ変換群
フローが全体で定義できるとき,局所フローと区別し,大域フロー(global flow)と呼ばれる。
大域フローの場合,任意のとに対して()の条件が満たされる。
任意の2元の間にある種の積が定義され,を満たす単位元と,任意の元に対しを満たす逆元が存在する集合を群というが,フローもまたこれらに対応する条件
を満たし,群をなすことがわかる。
ここで,は上の恒等写像で単位元に対応する。
このことから,大域フローは1パラメータ変換群(1-parameter transformation group)とも呼ばれる。
局所フローの場合もおよびがその定義域に収まる場合に限り群をなし,局所1パラメータ変換群(local 1-parameter transformation group)と呼ばれる。
大域フローは上にベクトル場を誘導する。
このベクトル場の積分曲線は,定義域を全体に拡げることができる。
このようなベクトル場を完備(complete)なベクトル場という。
積分曲線の存在と一意性
解の存在定理より,微分方程式
には,初期値をとしたとき,十分小さな正の実数を取れば,の範囲で一意な解が存在することが保証されている。
解が一意であるということは,初期値を共有する2つの解があり,それぞれの定義域がおよびだったとすると,互いの定義域の共通部分で両者は一致するという意味である。
これをベクトル場の積分曲線に関する議論に適用すれば,初期値をとし,十分小さな正の実数を取れば,の範囲で
を満たす一意な積分曲線を決定できると言える。
初期値をとする積分曲線をと表すことにする。
における点を初期値とすれば,である。
このとき,との開近傍に対して
となり,を誘導する局所フローが一意に定義できる。
このフローをに生成(generate)されるフローや,単にのフローなどという。
このように,ベクトル場の積分曲線を求める問題は,そのベクトル場が生成するフローを求める問題に置き換えることができる。