多様体とは

Dr. SSS 2021/01/04 - 17:16:23 5685 微分幾何学
はじめに

ここでは,多様体という概念について説明する。 多様体とは,簡単に言えば,局所的にはEuclid空間と同相であるが,大域的には全く異なる位相を持ちうる空間のことである。 大域的には全然別物でも,局所的にはEuclid空間に似ている空間というのは,地球という惑星に住む我々にとって直感的に想像することが困難なものではないはずだ。 実際,未だに地球が平らだと本気で信じている人たちがたくさんいる。

以下で,この概念に関する形式的な定義を与える。 位相に関する知識については,『トポロジー』のページを参照してほしい。


keywords: 微分幾何学, 多様体, 位相空間, 座標変換

内容

位相多様体の定義

多様体の形式的な定義は次のように与えられる:

位相空間$M$が次の条件を満たすとき,$M$を$n$次元位相多様体(topological manifold)という:

  1. $M$はHausdorff空間である。
  2. 任意の$p\in M$が開近傍$U$を持ち,$U$から$R^n$の開集合$U'$への同相写像

    \begin{align} \varphi:U\to U' \end{align}

    が存在する。

Hausdorff空間とは,どんな異なる2点にも互いに交わらない開集合を取れる位相空間のことをいう。 物理で扱うような空間は,まず自然にHausdorff空間となっているため,あまり気にする必要はない。 より重要なのはEuclid空間に対する写像の方だ。

$U$と,$U$上のこの写像$\varphi$の組$(U,\varphi)$を,座標近傍(coordinate neighborhood)あるいはチャート(chart)という。

任意の$p\in U$が$R^n$の1点に写されるということであるから

\begin{align} \varphi(p) = (x^1(p),x^2(p),...,x^n(p)) \end{align}

と書ける。 この$(x^1,x^2,...,x^n)$を,$(U,\varphi)$に関する$p$の局所座標(local coordinate)という。




座標変換

チャート$(U,\varphi)$は局所的なもので,(局所座標が全体を覆うケースもありうるが)多様体全体は,一般にチャートを張り合わせて構成される。 よって,2つの開集合$U,V$が重なり合う部分$U\cap V$には,2つの異なる写像により,2組の座標が与えられることになる。 $U$には写像$\varphi$,$V$には写像$\psi$があるとし,$(U,\varphi)$に関する局所座標を$(x^1,...,x^n)$,$(V,\psi)$に関する局所座標を$(y^1,...,y^n)$とする。

$(x^1,...,x^n)$を写像$\varphi^{-1}$によって$U \cap V$に戻すと,そこに含まれる対応する1点$p$が得られる。 今度はこの$p$を$\psi$で写すと$(y^1,...,y^n)$が得られるから

\begin{align} \label{eq:coord_trns} (y^1,...,y^n) = \psi \circ \varphi^{-1} (x^1,...,x^n) \end{align}

が成り立つ(図1)。 (\ref{eq:coord_trns})の写像$\psi \circ \varphi^{-1}$は同相写像の合成であるから同相写像である。 この写像$\psi \circ \varphi^{-1}$を座標変換(coordinate transformation)という。

図1:座標変換のイメージ

(\ref{eq:coord_trns})は,$(y^1,...,y^n)$が決まると$(x^1,...,x^n)$も決まることを,すなわち$(y^1,...,y^n)$が$(x^1,...,x^n)$の関数となっていることを表しているから,2つの局所座標の関係を

\begin{equation} \begin{split} y^1=&y^1(x^1,...,x^n) \\ y^2=&y^2(x^1,...,x^n) \\ \vdots \\ y^n=&y^n(x^1,...,x^n) \end{split} \end{equation}

と表すことができる。


微分可能多様体

位相空間$M$のチャートが,適当な添え字集合$I$をもって構成する族$\{(U_i, \varphi_i) \ | \ i \in I\}$によって位相空間$M$を綺麗に覆ってしまえる(被覆できる)とき,すなわち

\begin{align} M=\bigcup_{i\in I} U_i \end{align}

となるとき,このチャートの族をアトラス(atlas)という。

そしてこのアトラスが,任意の$i,j \in I$に対して,座標変換$\varphi_i \circ \varphi_j^{-1}$が$C^r$級であるという条件を満たすとき,$M$は$C^r$級の微分可能多様体(differentiable manifold)と呼ばれる。 ある関数が開集合$U$上で$C^r$級であるとは,$U$上で連続かつ$r$回微分可能であるということである。 無限回微分可能な場合は$C^\infty$級という。



参考文献