実数の集合$R$を考え,$R$の中の適当ないくつかの元$a,b,c,...$を取り出すと,その値を比べることで$a$と$b$の方が,$b$と$c$より互いに近い数などと判断できるように思える。 しかし,集合とは文字通りものの集まりでしかなく,集合それ自体には「近さ」や「長さ」を定量的に与えるものは何も備わっていない。 そこで,それらの量を扱うために,(非常に直感的な形で)「距離」や関連する概念を導入したものが,単なる数の集まりではないEuclid空間と呼ばれるものである。
これが実数のペアの集合$R^2$であれば,適当なペアを$(x_1,y_1),(x_2,y_2),(x_3,y_3)...$と取ってそれらを平面上の点とみなし,点から点を線でつなぐことで,「方向」や線と線がなす「角度」といった概念を考えることもできるようになる。 より高次の集合$R^n$についても同様だ。
このように,実数の集まり$R^n$に,特定の幾何学的構造を導入したものがEuclid空間であるということである。 Euclid空間を指すとき,単なる集合としての$R^n$と区別するため,$E^n$という記号が用いられることもある(下図参照。ただし,以下では$E^n$という記法用いない)。
以下,距離や長さなどの定義を,より形式的な形で説明する。
図1:実数のペアの集合のイメージ(左)と,2次元Euclid空間のイメージ(右)
実数全体の集合を$R$で表す。 $R$の各元を直線上の各点と1対1に対応付けることで,対応する$R$の元と直線上の点を同一視することが出来る。 $R^2=R\times R$の元も同様に,2つの直交する直線を軸とする平面上の点と,$R^2$に含まれる2つの実数の組$(x_1,x_2)$と対応付けができる。 これを一般化し,$n\geq 1$の自然数について$R^n$を$n$次元数空間といい,これの元$(x_1,...,x_n)$を$R^n$の点という。 点をまとめて
のようにも表し,$x_i$を$\bm{x}$の$i$成分という。 また,すべての成分が0である点$(0,...,0)$を原点(origin)といい,$O$で表す。
$R^n$の$2$点$\bm{x}=(x_1,...,x_n)$と$\bm{y}=(y_1,...,y_n)$の間の距離(distance)または計量(metric)$d(\bm{x},\bm{y})$を
で定義する。 距離は以下の基本的な性質を満たす:
上の性質を満たす距離が定義される集合をを距離空間(metric space)というが,上の性質を満たす距離の定義はいくつもあるため,(\ref{eq:Euclid_d})で定義される距離は,それらと区別してEuclid距離(Euclidean distance)やEuclid計量(Euclidean metric)と呼ばれる。
$R^n$の任意の2元$\bm{x}=(x_1,...,x_n)$,$\bm{y}=(y_1,...,y_n)$と$a\in R$に対して,スカラー倍と和をそれぞれ
と定義すれば,$R^n$はベクトル空間の定義を満たす。 このようなベクトル空間としてみるとき,$R^n$を$n$次元数ベクトル空間といい,その元を$n$次元数ベクトルという。
ベクトル$\bm{x} \in R^n$に対し
を,$\bm{x}$のノルムあるいは長さという。 ノルムは以下の3つの基本的な性質を満たす
また,$R^n$の任意の2元$\bm{x}=(x_1,...,x_n)$と$\bm{y}=(y_1,...,y_n)$に対して
を,$\bm{x}$と$\bm{y}$の内積(inner product)という。 この内積は,対称性
および双線形性
を満たす。
このとき
で与えられる$\theta$を,$\bm{x}$と$\bm{y}$のなす角(angle)という。
このように内積が定義されているベクトル空間を内積空間という。 そして,内積空間としての$R^n$を,単なる実数の組の集合と区別して,$n$次元Euclid空間という。