内容

    距離空間と位相

    Dr. SSS 2020/11/22 - 09:38:13 2104 位相幾何学
    はじめに

    ここでは,Euclid空間に関する議論を一般化して距離空間の概念を導入し,それをさらに一般化して得られる位相空間の定義を紹介する。


    keywords: 集合論, 位相空間, 距離空間, 幾何学

    距離空間とは

    距離空間の定義

    集合$X$の任意の2元$x,y$に実数を対応付ける関数$d(x,y)$が与えられ,以下の性質を満たすとき,$X$を距離空間(metric space) ,$d(x,y)$を$x$と$y$の距離(metric)または距離関数(distance function)という:

    • $d(x,y)\geq 0$で,$d(x,y)=0$となるのは$x=y$の場合に限る。
    • $d(x,y)+d(y,z) \geq d(x,z)$
    • $d(x,y)=d(y,x)$

    このとき,$X$の元を$X$の点とも言い表す。


    例:正方行列の集合

    $n$次元実正方行列全体からなる集合$M(n,R)$は,$n^2$次元Euclid空間と同一視できるため,Euclid距離を導入し,距離空間とみなすことができる。 どういうことかもう少し具体的に説明しよう。 一般性は失われないため,簡単のために$n=2$の場合を考える。 $M(2,R)$の元

    \begin{align} A=\left( \begin{array}{cc} a_{11} & a_{12} \\ a_{21} & a_{22} \end{array} \right) \end{align}

    \begin{align} f&: M(2,R)\to R^4, \notag \\ &\left( \begin{array}{cc} a_{11} & a_{12} \\ a_{21} & a_{22} \end{array} \right) \to (a_{11},a_{12},a_{21},a_{22}) \end{align}

    のような,$R^4$の点への対応付け(全単射)$f$が定義できるため,任意の$A,B\in M(2,R)$について

    \begin{align} d(A,B) =\sqrt{\sum_{i,j} (a_{ij}-b_{ij})^2} \end{align}

    とEuclid距離を定義することができる。

    任意の次元$n$について同様の議論が成り立つことは明らかだろう。


    点列と部分列

    以下で必要になるため,ここで点列について説明しておく。 集合$X$に対して,自然数の集合$N$の元から$X$の元を対応付ける写像

    \begin{align} f:N\to X \end{align}

    を$X$の点列(sequence)という。 また,点列から順序の入れ替えなしに抜き出して作った別の列を部分列(subsequence)という。 もう少し形式的に書けば,点列$\{x_n\}$の部分列とは,添え字について,$i < j$であれば$k(i) < k(j)$となるよう対応付ける写像を用いて作られた別の点列$\{x_{k(n)}\}$のことである。

    例)$\{x_n\}$に対して

    • $k(n)=n+1$とすれば,$x_2,x_3,x_4,...$という部分列が作られる。
    • $k(n)=2n$とすれば,$x_2,x_4,x_6,...$という部分列が作られる。



    開集合・閉集合

    近傍と開集合

    $X$を距離空間とし,任意の$a\in X$と正の数$\varepsilon$に対して

    \begin{align} U_\varepsilon(a) = \{x \in X \ | \ d(a,x) < \varepsilon \} \end{align}

    で与えられる$X$の部分集合を,$a$の$\varepsilon$-近傍(きんぼう;neighbourhood)という。 例えば$X$が$n$次元Euclid空間$R^n$であれば,$U_\varepsilon(a)$は$a$から距離$\varepsilon$内にある点からなる$R^n$の部分集合である。

    距離空間$X$の部分集合$O$の各点$a$に対して$U_\varepsilon(a)\subset O$であるような$\varepsilon>0$が存在するとき,$O$を$X$の開集合(open set)という。 つまり,$O$に含まれるすべての点が,$O$内に収まる近傍を有しているとき,$O$は開集合である。

    例えば$a< b$である$a,b\in R$について

    \begin{align} (a,b)\equiv \{x\in R\ | \ a < x < b \} \end{align}

    開区間(open interval)

    \begin{align} [a,b]\equiv \{x\in R\ | \ a\leq x \leq b \} \end{align}

    閉区間(closed interval)というが,開区間は開集合であるのに対し,閉集合はそうでない。 なぜなら,上の閉区間において$x=a$の近傍$U_\varepsilon(a)$を取ると,$\varepsilon$をどれだけ小さく取ろうとも,$a$より小さな値に対応する点は閉区間$[a,b]$の外にはみ出してしまうからである($x=b$についても同様)。 半開区間$[a,b)\equiv \{x\in R\ | \ a \leq x < b \}$や$(a,b]\equiv \{x\in R\ | \ a < x \leq b \}$も同様の理由から開集合ではない。

    開集合について,以下の基本的な性質が成り立つ:

    • 開集合$O_i,O_j$の共通部分$O_i\cap O_j$も開集合である。
    • $X$の部分集合族$\{O_i\}_{i \in I}$の各元が開集合なら,和集合$\bigcup_{i \in I} O_i$も開集合である。
    • $X$自身と空集合も開集合である。


    集積点と閉集合

    距離空間$X$の部分集合$A$の異なる点を並べた 点列$x_1,x_2,...,x_n,...$が$n\to \infty$で$a$に近づくとき,つまり

    \begin{align} a=\lim_{n\to \infty} x_n \end{align}

    であるとき,$a$を$A$の集積点(accumulation point)あるいは極限点(limit point)という。 これは,正数$\varepsilon$をどれだけ小さく取っても,十分大きな番号$k$を取ると,$n > k$について

    \begin{align} d(x_n,x) < \varepsilon \end{align}

    となるということ,すなわち$a$の$\varepsilon$-近傍に$a$とは異なる$A$の点が含まれることと言い換えられる。 このとき,$a$自体は$A$に含まれていなくてもいいが,$A$の集積点がすべて$A$に含まれるとき,$A$を$X$の閉集合(closed set)という。

    集積点のイメージ

    閉集合は開集合の補集合となっており,以下の基本的な性質が成り立つ:

    • 閉集合$C_i,C_j$の和$C_i\cup C_j $も閉集合である。
    • $X$の部分集合族$\{C_i\}_{i \in I}$の各元が閉集合なら,共通部分$\bigcap_{i \in I} C_i$も閉集合である。
    • $X$自身と空集合も閉集合である。


    先に挙げた例でいえば,閉区間$[a,b]$は$R$の閉集合である。 他方,半区間$[a,b)$や$(a,b]$は開集合でも閉集合でもない。


    位相

    距離空間$X$の開集合全体からなる部分集合族を$\sO$とすると,開集合の性質から次のことが成り立つ:

    • $U_1,U_2,...,U_k\in \sO$ならば$U_1\cap U_2 \cap ...\cap U_k \in \sO$
    • 任意の集合族$\{U_\lambda\}_{\lambda \in \Lambda}$について,$U_\lambda \in \sO \ (\forall \lambda \in \Lambda)$ならば,$\bigcup_{\lambda \in \Lambda} U_\lambda \in \sO$
    • $X \in \sO$かつ$\emptyset \in \sO$

    これを一般化し,ある集合$X$の部分集合族$\sO$が上の条件を満たすとき,$\sO$を位相(topology)といい,位相を与えられた集合$X$を(より正確に言えば組$(X,\sO)$を),位相空間(topological space)という。 $X$の部分集合で,$\sO$に属するものを開集合,その補集合を閉集合という。

    上で主に議論してきたような,Euclid距離によって定まる位相を通常の位相(standard topology)という。


    参考文献