ここでは,Euclid空間に関する議論を一般化して距離空間の概念を導入し,それをさらに一般化して得られる位相空間の定義を紹介する。
集合$X$の任意の2元$x,y$に実数を対応付ける関数$d(x,y)$が与えられ,以下の性質を満たすとき,$X$を距離空間(metric space) ,$d(x,y)$を$x$と$y$の距離(metric)または距離関数(distance function)という:
このとき,$X$の元を$X$の点とも言い表す。
$n$次元実正方行列全体からなる集合$M(n,R)$は,$n^2$次元Euclid空間と同一視できるため,Euclid距離を導入し,距離空間とみなすことができる。 どういうことかもう少し具体的に説明しよう。 一般性は失われないため,簡単のために$n=2$の場合を考える。 $M(2,R)$の元
は
のような,$R^4$の点への対応付け(全単射)$f$が定義できるため,任意の$A,B\in M(2,R)$について
とEuclid距離を定義することができる。
任意の次元$n$について同様の議論が成り立つことは明らかだろう。
以下で必要になるため,ここで点列について説明しておく。 集合$X$に対して,自然数の集合$N$の元から$X$の元を対応付ける写像
を$X$の点列(sequence)という。 また,点列から順序の入れ替えなしに抜き出して作った別の列を部分列(subsequence)という。 もう少し形式的に書けば,点列$\{x_n\}$の部分列とは,添え字について,$i < j$であれば$k(i) < k(j)$となるよう対応付ける写像を用いて作られた別の点列$\{x_{k(n)}\}$のことである。
例)$\{x_n\}$に対して
$X$を距離空間とし,任意の$a\in X$と正の数$\varepsilon$に対して
で与えられる$X$の部分集合を,$a$の$\varepsilon$-近傍(きんぼう;neighbourhood)という。 例えば$X$が$n$次元Euclid空間$R^n$であれば,$U_\varepsilon(a)$は$a$から距離$\varepsilon$内にある点からなる$R^n$の部分集合である。
距離空間$X$の部分集合$O$の各点$a$に対して$U_\varepsilon(a)\subset O$であるような$\varepsilon>0$が存在するとき,$O$を$X$の開集合(open set)という。 つまり,$O$に含まれるすべての点が,$O$内に収まる近傍を有しているとき,$O$は開集合である。
例えば$a< b$である$a,b\in R$について
を開区間(open interval)
を閉区間(closed interval)というが,開区間は開集合であるのに対し,閉集合はそうでない。 なぜなら,上の閉区間において$x=a$の近傍$U_\varepsilon(a)$を取ると,$\varepsilon$をどれだけ小さく取ろうとも,$a$より小さな値に対応する点は閉区間$[a,b]$の外にはみ出してしまうからである($x=b$についても同様)。 半開区間$[a,b)\equiv \{x\in R\ | \ a \leq x < b \}$や$(a,b]\equiv \{x\in R\ | \ a < x \leq b \}$も同様の理由から開集合ではない。
開集合について,以下の基本的な性質が成り立つ:
距離空間$X$の部分集合$A$の異なる点を並べた 点列$x_1,x_2,...,x_n,...$が$n\to \infty$で$a$に近づくとき,つまり
であるとき,$a$を$A$の集積点(accumulation point)あるいは極限点(limit point)という。 これは,正数$\varepsilon$をどれだけ小さく取っても,十分大きな番号$k$を取ると,$n > k$について
となるということ,すなわち$a$の$\varepsilon$-近傍に$a$とは異なる$A$の点が含まれることと言い換えられる。 このとき,$a$自体は$A$に含まれていなくてもいいが,$A$の集積点がすべて$A$に含まれるとき,$A$を$X$の閉集合(closed set)という。
集積点のイメージ
閉集合は開集合の補集合となっており,以下の基本的な性質が成り立つ:
先に挙げた例でいえば,閉区間$[a,b]$は$R$の閉集合である。 他方,半区間$[a,b)$や$(a,b]$は開集合でも閉集合でもない。
距離空間$X$の開集合全体からなる部分集合族を$\sO$とすると,開集合の性質から次のことが成り立つ:
これを一般化し,ある集合$X$の部分集合族$\sO$が上の条件を満たすとき,$\sO$を位相(topology)といい,位相を与えられた集合$X$を(より正確に言えば組$(X,\sO)$を),位相空間(topological space)という。 $X$の部分集合で,$\sO$に属するものを開集合,その補集合を閉集合という。
上で主に議論してきたような,Euclid距離によって定まる位相を通常の位相(standard topology)という。