Russelのパラドックス

Dr. SSS 2020/03/28 - 13:41:49 4310 集合論
はじめに

集合論の発展に伴って,無制限な内包公理(axiom of unrestricted comprehension)が原因で,様々なパラドックスが生じることがわかってきた。そのうちの代表的なものが,以下で説明するRusselのパラドックスである。


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内容

背景

集合論の素朴な見方では,「集合」という概念は日常的な感覚の通り,「ものの集まり」を指している。集合論の創始者であるGeorg Cantorも,集合という概念を次のように定義している。

集合とは,我々の直感や思考の対象となる明確に区別されたもの(objects)$m$を,一つにまとめたもの$M$のことであると理解する。

これは,一つの公理(正確には公理図式)として,以下のように焼き直せる:

ある条件$\varphi(x)$について,それを満たす$x$からなる集合$\{ x \ | \ \varphi(x) \}$が存在する。

しかし,集合論の発展に伴って,この無制限な内包公理(axiom of unrestricted comprehension)が原因で,様々なパラドックスが生じることがわかってきた。そのうちの代表的なものが,以下のRusselのパラドックスだろう。


Russelのパラドックス

このパラドックスは,「自分自身を要素としない集合全てから成る集合」というものを考えると生じる。 この集合は

\begin{align} \label {eq:Rus} R=\{ x \ | \ x \notin x\} \end{align}

と表現できる。

さて,集合$R$は自分自身に含まれるだろうか? もし$R \in R$,すなわち$R$自身も$R$の要素とすると,自身を要素として含まない集合という定義(\ref{eq:Rus})に矛盾する。 一方,$R\notin R$,すなわち$R$は自身を要素として含まない集合としても,結果的に$R$の定義に当てはまってしまうため,矛盾する。

先に述べたように,この矛盾は,集合という概念を一般的に定義しすぎたことに由来しており,そういった問題を避けるため,集合論を厳密な公理系として再構築する試みがなされた。




公理的集合論とパラドックスの解消

現在,標準的な公理系とみなされているのが,ZFCと呼ばれる体系である。そのうち,無制限な内包公理に対応するのが,以下の分出公理(axiom of specification)あるいは,内包公理図式(axiom schema of restricted comprehension)と呼ばれるものである。

分出公理は,論理式で表せば

\begin{align} \label {axiom:spec} \forall X \exists A \forall x[x \in A \leftrightarrow(x \in X \wedge \varphi(x))] \end{align}

となる。

この分出公理は,すでに集合とみなされている$X$の元であり,かつ条件$\varphi(x)$を満たす元によって集合

\begin{equation} \{ x \ | \ x\in X \land \varphi(x) \} \end{equation}

が構成できるということを述べている。

(\ref{axiom:spec})において$A=x$とし,条件を自分自身を元として含まないこと:$x \notin x$とすると

\begin{align} x\in x \leftrightarrow (x\in X \land x \notin x) \end{align}

となる。

これは,もし$x\in X$であれば,$x \in x$となるのは$x \notin x$の場合であるということを意味しているが,これは先に議論した通り明らかな矛盾である。 しかし他の公理を含めた現在の枠組みでは,$x \in X$であるような$X$は存在しないと結論づけることで,パラドックスを回避することができ,このような$x$は集合ではないということが示される。

共通の性質を持つ元の集まり$\{ x \ | \ \varphi(x) \}$をクラス(class)といい,今扱ったようなクラスだが集合でないようなものは真のクラス (proper class) と呼ばれる。


参考文献