はじめに
層状に重なり合った流体が,互いに異なる速度で水平運動をする場合,接触面に不安定性が生じ,流体の混合が起こる。
これをKelvin-Helmholtz不安定性という。
波打つような興味深い形をした雲は,その効果が見られる最も身近な例の一つである。
ここでは,簡単なモデルを用いてその分散関係を調べることで,確かにこのような不安定性が生じることを確認する。
運動方程式
2つの流体が重なり合っており,接線方向に相対的な運動が生じている場合を考える。
鉛直方向に$z$軸を,流体の運動の方向に$x$軸をとる。
また,これらの層はそれぞれ速度一定であるとし,互いが接触する面は,そこで物理量が不連続に変化する不連続面であると考え,その近傍での安定性を調べる。
接触面を$z=0$にとり,必要がある場合は,その上側の層の量に添え字1を,下側の層の量に添え字2をつけて表すことにする。
重要なのは相対速度であるため,どちらか一方の層と同じ速度で動く座標系から見ているものとし,一方の速度を0と置いても一般性は失われない。
今は,下側の層の速度は0とし,上側の層の速度を単に$\bm{v}=(u,0,0)$と表記する。
粘性は無視できるとすると,運動方程式は
\begin{equation}
\label{eq:KHI_equation_of_motion}
\frac{\pd\bm{v}}{\pd t}
+
(\bm{v}\cdot\nabla)\bm{v}
=
-\frac{1}{\rho}\nabla p
+\bm{g},
\end{equation}
である。
ここで,$\rho$は質量密度,$p$は圧力,$\bm{g}$は重力加速度である。
左辺2項目は,運動が$x$方向に一様なものであるという仮定から0であるが,以下の議論でのわかりやすいさのための残しておく。
また,流体は非圧縮であるとする:
\begin{equation}
\nabla\cdot\bm{v}=0
\end{equation}
このようにして用意された系の不連続面$z=z_s$に摂動を加える。
それに応じて,不連続面の位置$z_s$,圧力$p$および速度$\bm{v}$に微小な乱れが生じたとする(今の議論では本質的な影響がないため,密度の変異は無視する。
これは,$\rho_1$と$\rho_2$の値が十分近いほど妥当な近似となる)。
乱れに対応する量をそれぞれ$\delta z_s$,圧力$\delta p$および速度$\delta \bm{v}$と表すと,運動方程式は
\begin{equation}
\label{eq:KHI_equation_of_motion_purturb}
\frac{\pd(\bm{v}+\delta\bm{v})}{\pd t}
+
[(\bm{v}+\delta\bm{v})\cdot\nabla](\bm{v}+\delta\bm{v})
=
-\frac{1}{\rho}\nabla (p+\delta p)
+\bm{g}
\end{equation}
となる。
(\ref{eq:KHI_equation_of_motion_purturb})から(\ref{eq:KHI_equation_of_motion})を差し引き,乱れは微小であるという仮定から,摂動量に関する2次の項$(\delta\bm{v}\cdot\nabla)\delta\bm{v}$を無視すると
\begin{equation}
\frac{\pd \delta\bm{v}}{\pd t}
+
(\bm{v}\cdot\nabla)\delta\bm{v}
=
-\frac{1}{\rho_m}\nabla \delta p
\end{equation}
を得る。
非圧縮性条件についても同様にし
\begin{equation}
\nabla\cdot \delta\bm{v}=0
\end{equation}
を得る。
線形化された運動方程式(\ref{eq:KHI_equation_of_motion_purturb})の$x$成分は
\begin{equation}
\label{eq:KHI_equation_of_motion_purturb_x}
\frac{\pd \delta u}{\pd t}
+
u \frac{\pd \delta u}{\pd x}
=
-\frac{1}{\rho}
\frac{\pd}{\pd x} \delta p
\end{equation}
であるが,摂動により,不連続面の位置が変化することから,$z$方向の速度成分
\begin{equation}
\label{eq:KHI_w}
\delta w
\equiv
\frac{\pd \delta z_s}{\pd t}
+
u \frac{\pd \delta z_s}{\pd x}
\end{equation}
も生まれており,運動方程式には$z$成分
\begin{equation}
\label{eq:KHI_equation_of_motion_purturb_z}
\frac{\pd \delta w}{\pd t}
+
u \frac{\pd \delta w}{\pd x}
=
-\frac{1}{\rho}
\frac{\pd}{\pd z}\delta p
\end{equation}
も存在する。
分散関係
(\ref{eq:KHI_equation_of_motion_purturb})の発散を取ると,圧力に関する式
\begin{equation}
\nabla^2 \delta p
=
\left(
\frac{\pd^2 }{\pd x^2}
+
\frac{\pd^2 }{\pd z^2}
\right)
\delta p
=
0
\end{equation}
が得られる。
摂動量の形を
\begin{equation}
\label{eq:KHI_purturbation}
\propto e^{i(kx-\omega t)}
\end{equation}
と仮定すると,この式は
\begin{equation}
\left(
\frac{\pd^2 }{\pd z^2}
-
k^2
\right)
\delta p
=0
\end{equation}
と書き換えられる。
そして,この式の一般解は$e^{kz}$と$e^{-kz}$に比例する解の重ね合わせで
\begin{equation}
\delta p =
(Ae^{kz}+Be^{-kz})e^{i(kx-\omega t)}
\end{equation}
の形における。
ここで,$z=\pm\infty$で$\delta p$が消えることと,境界面$z=0$で$\delta p_1=\delta p_2$となる条件を考慮すると,解は
\begin{equation}
\label{eq:KHI_sol_delta_p}
\begin{array}{ll}
\delta p_1 = Ae^{-kz}e^{i(kx-\omega t)} &
(z>0) \\
\delta p_2 = Ae^{kz}e^{i(kx-\omega t)} &
(z<0)
\end{array}
\end{equation}
と決まる。
この$\delta p_1$解を(\ref{eq:KHI_equation_of_motion_purturb_x})に入れると
\begin{equation}
i(ku-\omega)\delta w
=
\frac{k}{\rho_1}\delta p_1
\end{equation}
であるが,(\ref{eq:KHI_w})についても同様にすると
\begin{equation}
\delta w
=
i(ku-\omega)\delta z_s
\end{equation}
が得られるから,合わせて$\delta w$を消去することで
\begin{equation}
\delta p_1
=
-\frac{\rho_1(ku-\omega)^2}{k}
\end{equation}
となる。
同様の手続きを下側の層についても行うと,そちら側では速度が0であること,および圧力摂動の$z$依存性が$\propto e^{kz}$であること(式(\ref{eq:KHI_sol_delta_p}))より
\begin{equation}
\delta w
=
-i\omega\delta z_s
\end{equation}
および
\begin{equation}
-i\omega\delta w
=
-\frac{k}{\rho_2}\delta p_2
\end{equation}
を介して
\begin{equation}
\delta p_2
=
\frac{\rho_2\omega^2}{k}
\end{equation}
を得る。
境界において互いの圧力が釣り合うことから,$\rho_1(ku-\omega)^2=\rho_2\omega^2$となり,これを$\omega$について解くことで
\begin{equation}
\omega = ku \frac{\rho_1 \pm i \sqrt{\rho_1 \rho_2}}{\rho_1+\rho_2}
\end{equation}
を得る。
これが,考えている系の周波数と波数の関係,すなわち分散関係である。
周波数が正の虚部$\gamma \equiv ku\sqrt{\rho_1 \rho_2}/(\rho_1+\rho_2)$を持つことから,摂動は時間とともに指数関数的に増大することがわかる。