はじめに
ここでは,ベクトル微分演算子について解説する。本ページの内容で不明な部分がある人は,『ベクトルの基礎』の内容を復習しながら読み進めてもらいたい。
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内容
ベクトルの微分
1次元の直線上を運動する質点の時刻$t$における速度は,位置を$x(t)$として
\begin{align}
\label {eq:dxdt}
v(t)=\lim_{\Delta t \to 0} \frac{x(t+\Delta t)-x(t)}{\Delta t}
\end{align}
で与えられるのだった。
座標軸が固定されている3次元空間におけるケースでは,位置$\bm{x}=(x_1,x_2,x_3)$の各成分について(\ref{eq:dxdt})と同様に操作を行うことで,速度の$i(=1,2,3)$成分が
\begin{align}
v_i(t)=\lim_{\Delta t \to 0} \frac{x_i(t+\Delta t)-x_i(t)}{\Delta t}
\end{align}
と計算されるため,速度ベクトルが
\begin{align}
\bm{v}(t)=& \frac{d}{dt}\bm{x}(t) \notag \\
\label {eq:v}
=& \frac{dx_1(t)}{dt} \bm{e}_1 + \frac{dx_2(t)}{dt} \bm{e}_2 + \frac{dx_3(t)}{dt} \bm{e}_3
\end{align}
と得られる。
ただし,改めてここでは座標軸が直線で固定されていること,すなわち基底ベクトルが
\begin{align}
\frac{d}{dt}\bm{e}_i=0, \ \ (i=1,2,3)
\end{align}
を満たすことを仮定していることに注意してほしい。
例えば回転する座標系のように,基底ベクトルの向きが時間的に変換する場合もあるし,曲線座標系のように,基底ベクトルの向きが空間の各点で異なる場合もある。
そのような場合には,ベクトルの微分を行う際は(\ref{eq:v})のように成分の変化だけを計算するのではなく,基底ベクトルの変化も考慮しないといけない。
そうしたケースは別の記事で説明するとして,以下では固定されたCartesian座標系のケースのみを考える。
基底ベクトルが微分する変数に依存しないのであれば,(\ref{eq:v})の関係はもちろん,位置と時間の関係以外でも成り立つため,ある変数$s$の関数である任意のベクトル$\bm{A}(s)$の$s$についての微分が
\begin{align}
\frac{d}{ds}\bm{A}(s)= \sum_{i=1}^3 \frac{dA_i(s)}{ds}\bm{e}_i
\end{align}
と計算できるし,$\bm{A}$が例えば$\bm{A}=\bm{A}(s,u)$という多変数の関数なら,偏微分は
\begin{align}
\frac{\pd}{\pd s}\bm{A}(s,u)= \sum_{i=1}^3 \frac{\pd A_i(s,u)}{\pd s}\bm{e}_i
\end{align}
と計算できる。
勾配と方向微分
方向を持つ量であるベクトルの最も単純な形の微分について考えたが,今度はスカラー関数の方向に依る変化率を考えてみる。
具体的な例としては,ある土地の高さや温度分布,圧力分布などが挙げられる。
要するに等高線を使って表せる量だとイメージしやすい。
$f(x_1,x_2,x_3)$をそれらのいずれかを表す関数としよう。
この量の各軸方向への変化率は
\begin{align}
\frac{\pd f}{\pd x_i}, \ \ (i=1,2,3)
\end{align}
であるため
\begin{align}
\left( \frac{\pd f}{\pd x_1}, \frac{\pd f}{\pd x_2}, \frac{\pd f}{\pd x_3} \right)
\end{align}
という組によって,関数$f$の各方向への傾きが表せる。
そして,この組によってベクトル
\begin{align}
\label {eq:gradf}
\nabla f
\equiv \frac{\pd f}{\pd x_1}\bm{e}_1
+ \frac{\pd f}{\pd x_2}\bm{e}_2
+ \frac{\pd f}{\pd x_3}\bm{e}_3
\end{align}
が構成できる。
このように,演算子
\begin{align}
\nabla \equiv \bm{e}_1\frac{\pd}{\pd x_1}
+ \bm{e}_2\frac{\pd}{\pd x_2}
+ \bm{e}_3 \frac{\pd}{\pd x_3}
= \sum_{i=1}^3 \bm{e}_i \frac{\pd}{\pd x_i}
\end{align}
を作用して得られるベクトルを,勾配(gradient)という。
記号「$\nabla$」は「ナブラ」と読まれる。
(\ref{eq:gradf})を$\text{grad} f$と表す流儀もある。
これを用いると,必ずしも座標軸に沿わない任意の方向への変化率が,その方向を向く単位ベクトル$\bm{u}$との内積を取ることで
\begin{align}
\label {eq:dird}
\bm{u}\cdot \nabla f
\end{align}
と得られる。
(\ref{eq:dird})の操作を$\bm{u}$に沿った方向微分(directional derivative)という。
$\bm{u}$もまた,標準基底によって
\begin{align}
\bm{u}=\sum_{i=1}^3 u_i \bm{e}_i
\end{align}
と展開できるため,(\ref{eq:dird})は成分をあらわにすれば
\begin{align}
\label {eq:dird2}
\bm{u}\cdot \nabla f
=\left( u_1 \frac{\pd}{\pd x_1} + u_2 \frac{\pd}{\pd x_2} + u_3 \frac{\pd}{\pd x_3}\right) f
\end{align}
と表せる。
$\bm{u}$が標準基底のどれか1つ,$\bm{e}_1$としよう,とたまたま一致するときは,$u=1$,$u_2=u_3=0$であり,(\ref{eq:dird2})は単に$1$軸方向の偏微分$\pd f/\pd x_1$と一致する。
発散と回転
(\ref{eq:dird2})で$f$に作用する
\begin{align}
\bm{u}\cdot \nabla=\left( u_1 \frac{\pd}{\pd x_1} + u_1 \frac{\pd}{\pd x_2} + u_1 \frac{\pd}{\pd x_3}\right)
\end{align}
は,$\bm{u}$と$\nabla$の内積で作られるひとまとまりの演算子とみることができる。
$\nabla$はあくまで演算子であり,それ自体は数でも物理量でもない。
だが$\nabla$はこのようにベクトルとしての性質を持っており,ベクトル演算の規則にも従う。
では今度は順番を逆にして,あるベクトル$\bm{A}$と
$$
\nabla \cdot \bm{A}
$$
という形の内積を取ってみたらどうなるか。
この量は正直に
\begin{align}
\nabla \cdot \bm{A}
=\sum_{i=1}^3 \bm{e}_i \frac{\pd}{\pd x_i} \cdot \sum_{i=j}^3\bm{e}_j A_j
= \sum_{i,j=1}^3 \frac{\pd}{\pd x_i} A_j \delta_{ij}
= \sum_{i=1}^3 \frac{\pd}{\pd x_i} A_i
\end{align}
と計算できる。
この演算結果
\begin{align}
\nabla \cdot \bm{A}
= \frac{\pd}{\pd x_1} A_1+\frac{\pd}{\pd x_2} A_2+ \frac{\pd}{\pd x_3} A_3
\end{align}
はベクトルの発散(divergence)と呼ばれ,物理的イメージはコチラで解説するが,非常に頻繁に出くわす重要な演算となる。
同じ演算を$\text{div} \bm{A}$と記す人もいる。
内積が定義できることがわかったら,外積について考えてみるのは自然だろう。
外積についても定義通り
\begin{align}
\label {def:rotA}
(\nabla \times \bm{A})_i = \sum_{j,k} \epsilon_{ijk} \frac{\pd}{\pd x_j}A_k
\end{align}
と計算できる。
この演算結果
\begin{align}
\label {eq:rotA}
\nabla \times\bm{A}
= \left( \frac{\pd A_3}{\pd x_2} - \frac{\pd A_2}{\pd x_3} \right) \bm{e}_1
+ \left( \frac{\pd A_1}{\pd x_3} - \frac{\pd A_3}{\pd x_1} \right) \bm{e}_2
+ \left( \frac{\pd A_2}{\pd x_1} - \frac{\pd A_1}{\pd x_2} \right) \bm{e}_3
\end{align}
をベクトルの回転(rotation)という。
同じ演算を$\text{rot} \bm{A}$や$\text{curl} \bm{A}$と記す人もいる。
回転のイメージはコチラで解説している。
Laplacianとその他の演算
スカラーの勾配を取ったものはベクトルであったから,これの発散を取ってみると再びスカラー量が得られるはずだ。
実際に計算してみると
\begin{align}
\nabla \cdot \nabla f
=&\sum_{i=1}^3 \bm{e}_i \frac{\pd}{\pd x_i} \cdot \sum_{j=1}^3 \bm{e}_j \frac{\pd f}{\pd x_j} \notag \\
=& \sum_{i,j=1}^3 \delta_{ij} \frac{\pd}{\pd x_i}\frac{\pd f}{\pd x_j} \notag \\
=& \frac{\pd^2 f}{\pd x_1^2} +\frac{\pd^2 f}{\pd x_2^2}+\frac{\pd^2 f}{\pd x_3^2} \notag \\
=& \left( \frac{\pd^2}{\pd x_1^2} +\frac{\pd^2}{\pd x_2^2}+\frac{\pd^2}{\pd x_3^2} \right) f
\end{align}
といった結果が得られる。
ここでも$f$は任意であるから,演算子部分を抜き出して
\begin{align}
\Delta \equiv \nabla^2\equiv \nabla \cdot \nabla
=\left( \frac{\pd^2}{\pd x_1^2} +\frac{\pd^2}{\pd x_2^2}+\frac{\pd^2}{\pd x_3^2} \right)
\end{align}
を定義できる。
これをLaplacianという。
他にも演算子の組み合わせを考えてみよう。
勾配の発散によって新たな演算子が得られたから,今度は勾配の回転を取ってみる。
その結果は
\begin{align}
\nabla \times \nabla f
=& \left( \frac{\pd^2 f}{\pd x_2 \pd x_3} - \frac{\pd^2 f}{\pd x_3 \pd x_2} \right) \bm{e}_1 \notag \\
&+ \left( \frac{\pd^2 f}{\pd x_3 \pd x_1} - \frac{\pd^2 f}{\pd x_1 \pd x_3} \right) \bm{e}_2 \notag \\
\label {eq:rot-grad}
&+ \left( \frac{\pd^2 f}{\pd x_1 \pd x_2} - \frac{\pd^2 f}{\pd x_2 \pd x_1} \right) \bm{e}_3
\end{align}
となるが,このとき
$$
\frac{\pd^2 f}{\pd x_2 \pd x_3}
$$
も
$$
\frac{\pd^2 f}{\pd x_3 \pd x_2}
$$
も実際に存在し,ともに連続なら
\begin{align}
\label {rel:pd}
\frac{\pd^2 f}{\pd x_2 \pd x_3} = \frac{\pd^2 f}{\pd x_3 \pd x_2}
\end{align}
であることが数学的に保証されているため,(\ref{eq:rot-grad})の1項目は消える。
偏微分の順番を入れ替えてもよいことを示す関係(\ref{rel:pd})は任意の変数で成り立つため,同様のことが2項目,3項目についても言え,結局,2階の偏導関数を持つ任意の連続的なスカラー関数について
\begin{align}
\nabla \times \nabla f=0
\end{align}
という恒等式が成り立つ。
次に考えられるのは,ベクトルの回転の発散だ。
この計算結果を見るために,全ての項を展開して考えてみてもいいが,定義(\ref{def:rotA})を使った方が簡潔に済ませられる。
(\ref{def:rotA})を用いると,ベクトル$\bm{A}$の回転の発散は
\begin{align}
\label {eq:div-rotA}
\nabla \cdot (\nabla \times \bm{A})
=
\sum_{i,j,k}^3 \epsilon_{ijk} \frac{\pd}{\pd x_i} \frac{\pd}{\pd x_j}A_k
\end{align}
と表せる。
ここで,和はすべての$(i,j,k)$の組み合わせについて取るが,Levi-Civita記号は$(i,j,k)=(1,2,3)$と,その偶数回の入れ替えの場合は$1$で,奇数回の入れ替えは$-1$,その他はすべてゼロになるのであった。
よって(\ref{eq:div-rotA})は
\begin{align}
\label {eq:pdAjk}
\left(\frac{\pd^2 A_i}{\pd x_j \pd x_k} - \frac{\pd^2 A_i}{\pd x_k \pd x_j} \right)
\end{align}
という形の式で,$(i,j,k)$に$(1,2,3),(2,3,1),(3,1,2)$を順に入れて和を取ったものと等しくなる。
だがここでも,各成分$A_i$が連続で,2階の偏導関数をそれぞれ実際に持つなら,関係(\ref{rel:pd})より(\ref{eq:pdAjk})の形の項はすべて消えるため,結局勾配ベクトルの発散の場合と同様の条件の下
\begin{align}
\nabla \cdot (\nabla \times \bm{A})=0
\end{align}
が恒等的に成り立つ。