Budyko–Sellersモデルとアイス・アルベド・フィードバックI

Dr. SSS 2020/08/26 - 10:03:55 1301 気候物理
1979年から2019年までの北極の氷量の年間最小値の推移。NASAより。
はじめに

ここでは,緯度依存性を持つ1次元のエネルギーバランスモデル(EBM)を用いて,アイス・アルベド・フィードバックについて考察する。理論的な詳細に立ち入る気はないという人のためにも,アイス・アルベド・フィードバックとその影響について初めの節(およびパートIIの最後)で簡単な解説をしているため目を通してもらいたい。

分量が多くなるため,この投稿ではモデルの紹介のみを行い,具体的な値を用いた計算例は『パートII』で紹介する。


keywords: 気候変動, 大気物理学, 気候フィードバック

内容

アイス・アルベド・フィードバックとは

アイス・アルベド・フィードバックとは,氷や雪の面積が増えたり減ったりすること伴って,アルベド(太陽からの入射光エネルギーを反射する割合)が変化することによって生じる正のフィードバックプロセスである。フィードバックプロセスとは,系(この場合は惑星の気候)の状態を決めるあるパラメータに変化が生じたとき,その変化が変化を起こしたパラメータ自身に影響を与えるプロセスのことを言う。そして,ここでいう正のフィードバックとは,その影響がさらにパラメータの変化を促進する方向に働くものを指している。

アイス・アルベド・フィードバックの場合には,考慮の対象となるパラメータは気温である。気温が上昇し,太陽からの入射エネルギーを効果的に反射してくれる氷の融解が進むと,海や地表がむき出しになり,入射エネルギーの吸収効率が上昇する。その結果,ますます気温が上昇して氷の融解を促し,さらに気温が上昇し…というループにはまり込んでしまう(図1)。

図1:フィードバックループのイメージ

これが温暖化を加速させる方向へのアイス・アルベド・フィードバックの働きである。 現在,人間の身勝手な生き方の影響によって温暖化が進行しており,トップに載せたアニメーションの通り,北極の氷も年々減少している。南極やグリーンランドなどの氷床が溶けることによる影響として,海面上昇や病原菌の解放などが危惧されているが,氷の減少は,こうしたフィードバックループにより,それ自体が温暖化をますます加速させることにもつながるため,非常に深刻な問題なのである。以下では,初めに述べたような1次元の簡易モデルによるこのプロセスの扱いについて解説する(数式の無い解説はパートIIの最後に続く)。




Budyko–Sellersモデル

系に緯度$\theta$への依存性を持たせ,南北方向への輸送項$\Delta F$を加えた

\begin{align} C\frac{dT(x,t)}{dt} = F^\downarrow(x,T)-F^\uparrow(x,T)-\Delta F \end{align}

は,Budyko-Sellersモデルと呼ばれる。 ここで,$x=\sin\theta$である。 以下,時間依存性は落とし,平衡状態について考察する。

入射フラックスも緯度依存性を持ち,$F_0$を太陽定数として

\begin{align} F^\downarrow =Qs(x)(1-\alpha(x)), \ \ Q=\frac{F_0}{4} \end{align}

で与えられる。 $s(x)$は日射分布の年平均で

\begin{align} \label{eq:sx}     s(x)=1.0-0.477P_2(x) \end{align}

が十分よい近似となる(図2)。 ここで

\begin{align} P_2(x)=\frac{1}{2}(3x^2-1) \end{align}

は,2次のLegendre多項式である。 上向きフラックスは,0次元モデルでも用いられるのと同様に,温度への線形な依存性を仮定した

\begin{align} F^\uparrow(x,T) =A+B T(x) \end{align}

の形で与えられる。 係数$A$および$B$は観測値に基づいて決定される。

図2:(\ref{eq:sx})で与えられる日射分布の年平均


輸送項の形

Budykoモデルでは,輸送項は,全球平均温度$\overline{T}$への緩和を表す

\begin{align} \label {eq:DF_Budyko} \Delta F=-\gamma(\overline{T}-T(x)) \end{align}

の形が仮定される。 ここで,全球平均は

\begin{align} \overline{T}=\frac{1}{2}\int_{-1}^1 T dx \end{align}

で与えられる。 他方,Sellersのモデルでは拡散項

\begin{align} \label {eq:DF_Sellers} \Delta F = -\frac{\pd}{\pd x} D(1-x^2) \frac{\pd}{\pd x}T(x) \end{align}

が用いられる。

Sellersモデルの輸送項(\ref{eq:DF_Sellers})とBudykoモデルの輸送項(\ref{eq:DF_Budyko})は,以下のような関係にある。 Sellersモデルの拡散項は,拡散係数$D$を定数とすれば,Legendreの微分方程式

\begin{align} \label {eq:Leg} -\frac{\pd}{\pd x} (1-x^2) \frac{\pd}{\pd x}P_n(x) =n(n+1)P_n \end{align}

の左辺と同一の形になる。 よって,温度をLegendre多項式を使って

\begin{align} \label {eq:TPn} T(x)=\sum_n T_n P_n(x) \end{align}

と展開する。 このとき,赤道をまたいで南北に対称となる解を得るために,$n=$偶数次の係数$T_n$のみがゼロでないとする。 エネルギーバランスの式

\begin{align} Qs(x)(1-\alpha(x)) =A+BT(x)-\frac{\pd}{\pd x} D(1-x^2) \frac{\pd}{\pd x}T(x) \end{align}

に$P_m(x)$をかけ,Legendre多項式の直交条件

\begin{align} \int_0^1 dx P_n(x)P_m(x)=\frac{\delta_{mn}}{2n+1} \end{align}

を利用して積分すると

\begin{align} QH_n=\delta_{0n}A+[B+n(n+1)D]T_n \end{align}

を得る。 ここで

\begin{align} \label {eq:Hn} H_n=(2n+1)\int_0^1 s(x)(1-\alpha(x))P_n(x) dx \end{align}

とした。 $n=0$では

\begin{align} QH_0=A+BT_0 \end{align}

となり,$T_0$は全球平均温度$\overline{T}$に対応する。

温度の展開(\ref{eq:TPn})を$n=2$までで止めると

\begin{align} T(x)=\overline{T}+T_2P_2(x) \end{align}

であるから

\begin{align} \overline{T}-T(x)=-T_2P_2(x) \end{align}

と並び替え,(\ref{eq:Leg})を使うと

\begin{align} -6D(\overline{T}-T(x))=6DT_2 P_2(x) \end{align}

となることがわかる。 すなわち,温度のLegendre多項式を用いた展開を2次で止め,$D=6\gamma$とすれば,Sellersモデルの輸送項は,Budykoモデルの輸送項と一致する。

続いて『Budyko–Sellersモデルとアイス・アルベド・フィードバックII』において,ここで紹介した1次元のEBMを用いた数値計算の結果を紹介する。



参考文献

  • Berger, A., & Loutre, M. F. (2002). An exceptionally long interglacial ahead?. Science, 297(5585), 1287-1288.
  • Ganopolski, A., Winkelmann, R., & Schellnhuber, H. J. (2016). Critical insolation–CO 2 relation for diagnosing past and future glacial inception. Nature, 529(7585), 200-203.
  • Ripple, W. J., Wolf, C., Newsome, T. M., Barnard, P., & Moomaw, W. R. (2020). Corrigendum: World Scientists’ Warning of a Climate Emergency. BioScience.
  • Springmann, M., Godfray, H. C. J., Rayner, M., & Scarborough, P. (2016). Analysis and valuation of the health and climate change cobenefits of dietary change. Proceedings of the National Academy of Sciences, 113(15), 4146-4151.
  • Wynes, S., & Nicholas, K. A. (2017). The climate mitigation gap: education and government recommendations miss the most effective individual actions. Environmental Research Letters, 12(7), 074024.