Introduction
ここでは,緯度依存性を持つ1次元のエネルギーバランスモデル(EBM)を用いて,アイス・アルベド・フィードバックについて考察する。理論的な詳細に立ち入る気はないという人のためにも,アイス・アルベド・フィードバックとその影響について初めの節(およびパートIIの最後)で簡単な解説をしているため目を通してもらいたい。
分量が多くなるため,この投稿ではモデルの紹介のみを行い,具体的な値を用いた計算例は『パートII』で紹介する。
アイス・アルベド・フィードバックとは
アイス・アルベド・フィードバックとは,氷や雪の面積が増えたり減ったりすること伴って,アルベド(太陽からの入射光エネルギーを反射する割合)が変化することによって生じる正のフィードバックプロセスである。フィードバックプロセスとは,系(この場合は惑星の気候)の状態を決めるあるパラメータに変化が生じたとき,その変化が変化を起こしたパラメータ自身に影響を与えるプロセスのことを言う。そして,ここでいう正のフィードバックとは,その影響がさらにパラメータの変化を促進する方向に働くものを指している。
アイス・アルベド・フィードバックの場合には,考慮の対象となるパラメータは気温である。気温が上昇し,太陽からの入射エネルギーを効果的に反射してくれる氷の融解が進むと,海や地表がむき出しになり,入射エネルギーの吸収効率が上昇する。その結果,ますます気温が上昇して氷の融解を促し,さらに気温が上昇し…というループにはまり込んでしまう(図1)。
これが温暖化を加速させる方向へのアイス・アルベド・フィードバックの働きである。
現在,人間の身勝手な生き方の影響によって温暖化が進行しており,トップに載せたアニメーションの通り,北極の氷も年々減少している。南極やグリーンランドなどの氷床が溶けることによる影響として,海面上昇や病原菌の解放などが危惧されているが,氷の減少は,こうしたフィードバックループにより,それ自体が温暖化をますます加速させることにもつながるため,非常に深刻な問題なのである。以下では,初めに述べたような1次元の簡易モデルによるこのプロセスの扱いについて解説する(数式の無い解説はパートIIの最後に続く)。
Budyko–Sellersモデル
系に緯度$\theta$への依存性を持たせ,南北方向への輸送項$\Delta F$を加えた
\begin{align}
C\frac{dT(x,t)}{dt} = F^\downarrow(x,T)-F^\uparrow(x,T)-\Delta F
\end{align}
は,Budyko-Sellersモデルと呼ばれる。
ここで,$x=\sin\theta$である。
以下,時間依存性は落とし,平衡状態について考察する。
入射フラックスも緯度依存性を持ち,$F_0$を太陽定数として
\begin{align}
F^\downarrow
=Qs(x)(1-\alpha(x)),
\ \ Q=\frac{F_0}{4}
\end{align}
で与えられる。
$s(x)$は日射分布の年平均で
\begin{align}
\label{eq:sx} s(x)=1.0-0.477P_2(x)
\end{align}
が十分よい近似となる(図2)。
ここで
\begin{align}
P_2(x)=\frac{1}{2}(3x^2-1)
\end{align}
は,2次のLegendre多項式である。
上向きフラックスは,0次元モデルでも用いられるのと同様に,温度への線形な依存性を仮定した
\begin{align}
F^\uparrow(x,T)
=A+B T(x)
\end{align}
の形で与えられる。
係数$A$および$B$は観測値に基づいて決定される。
輸送項の形
Budykoモデルでは,輸送項は,全球平均温度$\overline{T}$への緩和を表す
\begin{align}
\label {eq:DF_Budyko}
\Delta F=-\gamma(\overline{T}-T(x))
\end{align}
の形が仮定される。
ここで,全球平均は
\begin{align}
\overline{T}=\frac{1}{2}\int_{-1}^1 T dx
\end{align}
で与えられる。
他方,Sellersのモデルでは拡散項
\begin{align}
\label {eq:DF_Sellers}
\Delta F
=
-\frac{\pd}{\pd x} D(1-x^2) \frac{\pd}{\pd x}T(x)
\end{align}
が用いられる。
Sellersモデルの輸送項(\ref{eq:DF_Sellers})とBudykoモデルの輸送項(\ref{eq:DF_Budyko})は,以下のような関係にある。
Sellersモデルの拡散項は,拡散係数$D$を定数とすれば,Legendreの微分方程式
\begin{align}
\label {eq:Leg}
-\frac{\pd}{\pd x} (1-x^2) \frac{\pd}{\pd x}P_n(x)
=n(n+1)P_n
\end{align}
の左辺と同一の形になる。
よって,温度をLegendre多項式を使って
\begin{align}
\label {eq:TPn}
T(x)=\sum_n T_n P_n(x)
\end{align}
と展開する。
このとき,赤道をまたいで南北に対称となる解を得るために,$n=$偶数次の係数$T_n$のみがゼロでないとする。 エネルギーバランスの式
\begin{align}
Qs(x)(1-\alpha(x))
=A+BT(x)-\frac{\pd}{\pd x} D(1-x^2) \frac{\pd}{\pd x}T(x)
\end{align}
に$P_m(x)$をかけ,Legendre多項式の直交条件
\begin{align}
\int_0^1 dx P_n(x)P_m(x)=\frac{\delta_{mn}}{2n+1}
\end{align}
を利用して積分すると
\begin{align}
QH_n=\delta_{0n}A+[B+n(n+1)D]T_n
\end{align}
を得る。
ここで
\begin{align}
\label {eq:Hn}
H_n=(2n+1)\int_0^1 s(x)(1-\alpha(x))P_n(x) dx
\end{align}
とした。
$n=0$では
\begin{align}
QH_0=A+BT_0
\end{align}
となり,$T_0$は全球平均温度$\overline{T}$に対応する。
温度の展開(\ref{eq:TPn})を$n=2$までで止めると
\begin{align}
T(x)=\overline{T}+T_2P_2(x)
\end{align}
であるから
\begin{align}
\overline{T}-T(x)=-T_2P_2(x)
\end{align}
と並び替え,(\ref{eq:Leg})を使うと
\begin{align}
-6D(\overline{T}-T(x))=6DT_2 P_2(x)
\end{align}
となることがわかる。
すなわち,温度のLegendre多項式を用いた展開を2次で止め,$D=6\gamma$とすれば,Sellersモデルの輸送項は,Budykoモデルの輸送項と一致する。
続いて『Budyko–Sellersモデルとアイス・アルベド・フィードバックII』において,ここで紹介した1次元のEBMを用いた数値計算の結果を紹介する。
References
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