量子力学 2018-11-05

黒体とPlanckの放射式

ScienceTime Team
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黒体とPlanckの放射式

Introduction

19世紀の終わり,それまでNewton力学とMaxwellの電磁気学を二本の柱に輝かしい成功を収めてきた古典物理学によって科学上の全ての問題が解決できると信じられており,物理学はもうすぐ終わるとも言われていた。 物理学者Planckは学生時代それを理由に教授から物理学を専攻することを反対された。 しかし,黒体のスペクトルに関する研究の中でPlanckが導いた公式が,その考えを一変させ,量子力学の扉を開くきっかけとなった。

黒体放射

物体は電磁波としてエネルギーを放出している。 どのくらいの波長の電磁波がどれくらいの強さで放出されているかということを,熱放射のスペクトル分布(spectral distribution)という。 19世紀後半の産業革命の時代,鉄製品の大量生産の需要などのため,溶鉱炉から放たれる光のスペクトルの研究が盛んになされた。 スペクトル分布は物質によって異なるため,このような研究をする上でKirchhoffによって理想化された物体として黒体(black body)という概念が導入された。 黒体とはあらゆる波長の電磁波を吸収する物質で,そのスペクトルは温度のみに依存する。

Planck以前

Wienは電磁気学と熱力学に基づいた考察により,黒体放射の(単位体積当たりの)エネルギー密度を表す式として,Wienの式(1893年)

\begin{equation} u(\nu)d\nu =a\nu^3e^{-\frac{b\nu}{k_BT}}d\nu \end{equation}

を提案した。 $a,b$は定数であり,$\nu$は振動数,$k_B$はBoltzmann定数,そして$T$は温度である。 これは,振動数の大きい領域では実験とよい一致をしたが,振動数の小さい領域ではずれが大きくなった。

後にRayleigh(1900年)とJeans(1905年)は,Rayleigh-Jeansの式

\begin{equation} u(\nu,T)d\nu =\frac{8\pi\nu^2}{c^3}k_BTd\nu \end{equation}

を導いた。 これは低振動数領域では実験値をよく再現するが,高振動領域では発散する。 彼らは電磁気学と統計力学(もちろん古典統計力学)を厳密に用いこの式を導いたのであるが,それでもこの黒体放射のスペクトルを正確に再現することは出来なかった。 黒体放射の問題はそれまでの物理学の限界を示唆していたのである。

Planckの放射式

Planckは1900年,実験結果を再現し,結果として上の二つの式をつなぎ合わせることになる式として

\begin{equation} U\left(\nu\right)d\nu =\frac{8\pi\nu^2}{c^3}\frac{h\nu}{e^\frac{h\nu}{k_BT}-1}d\nu \end{equation}

を提案した。 これがPlanckの放射式(Planck's radiation formula)である。 ここで

\begin{equation} h =6.626\times{10}^{-34} \ \mathrm{J\cdot s} \end{equation}

Planck定数(Planck constant)と呼ばれる定数である。 この式は実際に振動数の大小の極限でそれぞれ

\begin{equation} \frac{h\nu}{e^\frac{h\nu}{k_BT}-1} \to \left\{ \begin{array}{ll} h\nu e^{-\frac{h\nu}{k_BT}} \ & \text{for} \quad h\nu\gg k_BT \\ k_BT & \text{for} \quad h\nu \ll k_BT \end{array} \right. \end{equation}

となって,(定数を$a=8\pi h/c^3,b=h$として)Wienの式と,Rayleigh-Jeansの式を再現する。

Planckの放射式の意味

問題はこの式が意味することである。 振動数$\nu$を持つ電磁波のエネルギーは,$h\nu$の整数倍

\begin{equation} \varepsilon_n =nh\nu \end{equation}

しかとらないと仮定すると,温度$T$で熱平衡状態にある振動子がエネルギー$\varepsilon_n$をとる確率はBoltzmann因子$e^{-\frac{\varepsilon_n}{k_BT}}$に比例し,エネルギーの平均値は

\begin{equation} E =\frac{ \sum_{n=0}^{\infty} nh\nu e^{-\frac{nh\nu}{k_BT}} } { \sum_{n=0}^{\infty} e^{-\frac{nh\nu}{k_BT}} } \end{equation}

で与えられる。 これは

\begin{equation} E = -\frac{\partial}{\partial\left(\frac{1}{k_BT}\right)} \ln \left( \sum_{n=0}^{\infty} e^{-\frac{nh\nu}{k_BT}} \right) \end{equation}

と変形できる。 また,対数の中身は,初項$1$,公比$e^{-\frac{h\nu}{k_BT}}<1$の無限等比級数となっていることから

\begin{equation} \sum_{n=0}^{\infty} e^{-\frac{nh\nu}{k_BT}} = \frac{e^{h\nu/(k_BT)}}{e^{h\nu/(k_BT)}-1} = \left(1-e^{-\frac{h\nu}{k_BT}}\right)^{-1} \end{equation}

に収束する。 したがって

\begin{equation} \begin{split} E =& -\frac{\partial}{\partial\left(\frac{1}{k_BT}\right)} \ln\left(1-e^{-\frac{h\nu}{k_BT}}\right)^{-1} \\ % =& -\frac{1}{1-e^{-\frac{h\nu}{k_BT}}} \frac{\partial}{\partial\left(\frac{1}{k_BT}\right)} e^{-\frac{h\nu}{k_BT}} \\ % =& \frac{h\nu e^{-\frac{h\nu}{k_BT}}}{1-e^{-\frac{h\nu}{k_BT}}} \end{split} \end{equation}

あるいは

\begin{equation} E=\frac{h\nu}{e^\frac{h\nu}{k_BT}-1} \end{equation}

を得る。 これに状態数$8\pi\nu^2d\nu/c^3$をかけたものこそPlanckの求めた放射式に他ならない。 したがって,振動子のエネルギーがとびとびの値しかとらない(これをエネルギーが量子化されているという)とすることで,黒体放射のスペクトルを説明できると言う結論に至る。

この事実を当時の物理学者たちは容易に受け入れることができず,Planck自身も何とか古典論の範囲で説明できないかと試行錯誤したらしい。 それでもこの結論を変えることは出来ず,後のEinsteinの光電効果に関する研究などもあり,量子論への道は拓かれていくことになる。

References

  • Landau, L. D. and Lifshitz, E. M. (2013). Statistical Physics (Course of Theoretical Physics, Vol. 5). Pregamon press.
    ――(1980). ランダウリフシッツ統計物理学 上・下. 小林秋男ほか訳. 岩波書店.
  • 中嶋貞雄 (1983). 量子力学 I 原子と量子. 岩波書店.