はじめに
1次元調和振動子は非常に単純な対象ではあるが,量子論を通じて極めて重要となる性質をいくつも内包するため,量子論の基礎として特に重要となる。ここでは,1次元調和振動子のエネルギー固有値を求めることを通し,昇降演算子と呼ばれる演算子を導入する。
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行列力学,
調和振動子
内容
復習:行列形式
まず,以下の議論で必要となる量子力学の行列表現の最小限の知識をおさらいしておこう。
演算子$\hat{O}$の行列要素は,基底$\psi_m$,$\psi_n$を用いて
\begin{align}
\label {Omn}
O_{mn}(t)\equiv \int dx \psi_m^*(x,t) \hat{O} \psi_n(x,t)
\end{align}
で定義される。
ブラケット表記を用いるなら
\begin{align}
O_{mn}(t)
=
\langle m(t)|\hat{O}|n(t)\rangle
\end{align}
である。
Schrödinger方程式
\begin{align}
i\hbar \frac{\pd \psi_n}{\pd t}= E_n \psi_n
\end{align}
より
\begin{align}
\psi_n \propto e^{-iE_n t/\hbar}
\end{align}
であるから,これを(\ref{Omn})に入れることで,行列要素の時間依存性が
\begin{align}
O_{mn}(t)=O_{mn}e^{i\omega_{mn}t}
\end{align}
の形に得られる。
ここで
\begin{align}
\label {omega_mn}
\omega_{mn} \equiv \frac{(E_m-E_n)}{\hbar}
\end{align}
である。
また
\begin{align}
\frac{dH_{mn}(t)}{dt}=\frac{i}{\hbar}(E_m - E_n) H_{mn}(t)
\end{align}
より,$m=n$の場合のみ$H_{mn} \neq 0$,つまり$H_{mn}$は対角行列であるとすれば,$H$は時間と独立になり,エネルギー保存を表せる。以下Hamiltonianは対角行列であるとする。
調和振動子の行列表現
調和振動子の古典的なHamiltonianは
\begin{align}
H=\frac{p^{2}}{2 m}+\frac{m \omega^{2} x^{2}}{2}
\end{align}
であり,運動方程式は
\begin{align}
\ddot{x}+\omega^2 x=0
\end{align}
で与えられる(古典的調和振動子についてはコチラを参照)。
これを行列形式にすれば
\begin{align}
\ddot{x}_{mn}(t)+\omega^2 x_{mn}(t)=0
\end{align}
である。
$x_{mn}(t)$の時間依存性$x_{mn}(t)=x_{mn}\exp{(i\omega_{mn}t)}$より
\begin{align}
(\omega^2-\omega_{mn}^2) x_{mn}(t)=0
\end{align}
が得られる。
これより,$\omega_{mn}=\pm \omega$以外の行列要素$x_{mn}(t)$はすべて$0$であることがわかる。
つまり,エネルギー固有値は
\begin{align}
E_m-E_n = \pm \hbar \omega
\end{align}
と互いに$\hbar \omega$だけ異なっている。
エネルギー固有値の性質
このことをより詳しく調べるために,交換関係
\begin{align}
\hat{x}\hat{H}-\hat{H}\hat{x}=&\frac{i\hbar}{m}\hat{p} \\
\hat{p}\hat{H}-\hat{H}\hat{p}=&-i\hbar m\omega^2\hat{x}
\end{align}
の行列要素を取ってみる。
$(xH)_{mn}=x_{ml}H_{ln}$を用い,Hamiltonianが対角行列であることに注意して1式目の左辺を計算すると
\begin{equation}
\begin{split}
x_{ml} H_{ln}-H_{ml}x_{ln}
=&
x_{ml}E_l \delta_{ln}
- x_{ln}E_m \delta_{ml} \\
=&
(E_n -E_m) x_{mn}
\end{split}
\end{equation}
であるから,右辺と結んで
\begin{align}
\label {pmn}
(E_n -E_m) x_{mn}
=
\frac{i\hbar}{m}p_{mn}
\end{align}
となる。2式目も同様にして
\begin{align}
\label {xmn}
(E_n -E_m) p_{mn}
=
-i\hbar m\omega^2 x_{mn}
\end{align}
を得る。
(\ref{pmn})に$\pm im\omega$をかけて(\ref{xmn})に加えると,それぞれ
\begin{align}
(E_n -E_m) (p+im\omega x)_{mn}
=&
-\hbar \omega(p+im\omega x)_{mn}\\
(E_n -E_m) (p-im\omega x)_{mn}
=&
\hbar \omega(p-im\omega x)_{mn}
\end{align}
となり,左辺にまとめることで
\begin{align}
(E_n -E_m \pm \hbar \omega) (p \pm im\omega x)_{mn}
=
0
\end{align}
が得られる。
この式から,$ (p \pm im\omega x)_{mn} $が$0$でないのは,それぞれ$E_m= E_n \pm \hbar \omega$であるときだけであることがわかる。
これは,$\hat{p} \pm im\omega \hat{x}$を状態$\psi_n$に演算して得られる状態は,エネルギー固有値が$\hbar \omega $だけ異なる状態$\psi_m$と(定数倍を除いて)一致することを示している。
つまり
\begin{align}
\hat{A} \equiv& \hat{p}- im\omega\hat{x} \\
\hat{A}^\dagger \equiv& \hat{p}+ im\omega\hat{x}
\end{align}
はそれぞれ,状態を1つ下または上のエネルギー固有値を持つ状態に移す演算子である。
Hamiltonianとエネルギー固有値
基底状態を$\psi_0$とすると
\begin{align}
\hat{A}\psi_0=0
\end{align}
であり,左からさらに$\hat{A}^\dagger$を作用させると
\begin{align}
\hat{A}^\dagger \hat{A} \psi_0
=&
\left(\hat{p}^2 +m^2 \omega^2 \hat{x}^2
+ i\omega m [\hat{x}, \hat{p}] \right)\psi_0 \notag \\
\label{AA0}
=&
2m \left(\hat{H} -\frac{1}{2}\hbar \omega \right)\psi_0
=0
\end{align}
すなわち
\begin{align}
\hat{H}\psi_0=\frac{1}{2}\hbar \omega \psi_0
\end{align}
となるため,基底状態$\psi_0$のエネルギー固有値は$\hbar \omega/2$であることがわかる。
そして,$\hat{A}^\dagger$を順に作用させていくことで,任意の数$n$番目の固有値が
\begin{align}
\label {eigenE}
E_n = \left(n+\frac{1}{2} \right) \hbar \omega
\end{align}
と求められる。
基底状態のエネルギー固有値が$0$ではなく,有限の値$\hbar \omega/2$を取るということは,場の理論において特に重要な意味を持ってくる。この基底状態のエネルギーはゼロ点エネルギーなどとも呼ばれる。
昇降演算子
(\ref{AA0})の計算からもわかるように,$\hat{A}$および$\hat{A}^\dagger$の交換関係は
\begin{align}
[\hat{A}, \hat{A}^\dagger]=2m\hbar \omega
\end{align}
であるから,今度は
\begin{align}
\hat{a} \equiv& \frac{1}{\sqrt{2m\hbar \omega} }\hat{A}
= \frac{1}{\sqrt{2m \omega\hbar} } \hat{p}- i\sqrt{\frac{m\omega}{2\hbar}}\hat{x} \\
\hat{a}^\dagger \equiv& \frac{1}{\sqrt{2m\hbar \omega} } \hat{A}^\dagger
= \frac{1}{\sqrt{2m \omega\hbar} } \hat{p}+ i\sqrt{\frac{m\omega}{2\hbar}}\hat{x}
\end{align}
を定義すれば
\begin{align}
[\hat{a}, \hat{a}^\dagger]=1
\end{align}
となり,取り扱いがしやすくなる。
こうして定義される演算子$\hat{a}$と$\hat{a}^\dagger$はそれぞれ,下降演算子および上昇演算子,あるいは消滅演算子および生成演算子と呼ばれる。
改めて(\ref{AA0})の計算より
\begin{align}
\hat{a}^\dagger \hat{a}=\frac{\hat{H}}{\hbar \omega} -\frac{1}{2}
\end{align}
であるから,Hamiltonianを
\begin{align}
\hat{H}=\left(\hat{a}^\dagger \hat{a} +\frac{1}{2}\right)\hbar\omega
\end{align}
と表すことができる。エネルギー固有値(\ref{eigenE})との対応から
\begin{align}
\hat{N}\equiv \hat{a}^\dagger \hat{a}
\end{align}
が,固有状態を表す数$n$を固有値とする演算子であることもわかる。
このことから,$\hat{N}$は数演算子などと呼ばれる。
昇降演算子の固有値
Dirac表記を用いて,$\hat{N}$の固有値として$n$を与える状態を$|n\rangle$で記そう。
つまり
\begin{align}
\label {eq:Nn}
\hat{N}|n \rangle
= \hat{a}^{\dagger} \hat{a}|n\rangle
= n|n\rangle
\end{align}
である。
また,$|n \rangle $は任意の$n$について$\langle n| n\rangle =1$と規格化されているとする。
下降演算子$\hat{a}$は固有値を1つ下げ,上昇演算子$\hat{a}^\dagger$は固有値を1つ上げる演算子であるという前述の議論より
\begin{align}
\notag
\hat{a} |n\rangle =& \propto |n-1\rangle \\
\label{eq:aN}
\hat{a}^\dagger |n\rangle =& \propto |n+1\rangle
\end{align}
と書けるから,$|n\rangle$は,基底状態$|0 \rangle $に上昇演算子を$n$回作用させて得られる状態として
\begin{align}
\label {eq:an0}
(\hat{a}^\dagger)^n |0 \rangle = C |n\rangle
\end{align}
と書ける。
以下で係数$C$の具体的な形を求めよう。
(\ref{eq:Nn})の最左辺に左から$\langle n|$を作用すると
\begin{align}
\label {nNn}
\langle n|\hat{N}|n \rangle
= n\langle n|n\rangle
= n
\end{align}
となる。
他方,(\ref{eq:Nn})の真ん中の式に同様の演算をすると,(\ref{eq:aN})の関係より
\begin{align}
\label {naan}
\langle n|\hat{a}^{\dagger} \hat{a}|n \rangle
= c^2\langle n-1|n-1\rangle
= c^2
\end{align}
となる。
(\ref{nNn})と(\ref{naan})が等しいことから,この時の係数は
\begin{align}
c=\sqrt n
\end{align}
であり
\begin{align}
\hat{a}|n\rangle = \sqrt n |n-1\rangle
\end{align}
が明らかになる。
同様に,$\hat{a}^\dagger |n\rangle = c|n+1\rangle$に,左から$\langle n|\hat{a}$を作用すると
\begin{equation}
\begin{split}
\langle n| \hat{a}\hat{a}^{\dagger}|n \rangle
=& \langle n| (\hat{a}^{\dagger}\hat{a}+1)|n \rangle \\
=& \langle n| \hat{N}|n \rangle + \langle n|n \rangle \\
=& n+1 \\
=& c^2
\end{split}
\end{equation}
が得られるから
\begin{align}
\hat{a}^\dagger|n\rangle = \sqrt {n+1}|n+1\rangle
\end{align}
とわかる。
これよりまた,(\ref{eq:an0})の係数が$C=\sqrt {n!}$とわかる。
ここで得られた結果をまとめると
\begin{align}
\hat{a}|n\rangle =& \sqrt n |n-1\rangle \\
\hat{a}^\dagger|n\rangle =& \sqrt {n+1}|n+1\rangle \\
|n \rangle =& \frac{1}{\sqrt {n!}}(\hat{a}^\dagger)^n |0 \rangle
\end{align}
となる。