はじめに
ここでは,電磁場を量子化する手続きについて解説する。ここで扱う内容は,Landauのテキストでは,相対論的量子力学の§2から§3に対応する。やや長くなるが,ここで示す手続きは大体以下のようなステップに分割できる:
- 自由な電磁場を周期境界条件を用いて平面波展開する。
- その表現を用いて,場のエネルギーの式を求める。
- 正準変数を導入し,電磁場を調和振動子の集まりの形に変換する。
- 調和振動子の量子力学にしたがって量子化する。
よって,以下の議論を理解するためには,『調和振動子のエネルギー固有値と昇降演算子』の内容に相当する知識が前提とされる。
ついでに,次のベクトル公式も以下で用いるため,ここで示しておく:
\begin{align}
\label {eq:vect}
(\bm{A}\times\bm{B})\cdot(\bm{C}\times\bm{D})
=
(\bm{A}\cdot\bm{C})(\bm{B}\cdot\bm{D})
-
(\bm{A}\cdot\bm{D})(\bm{B}\cdot\bm{C})
\end{align}
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場の量子論,
量子力学,
生成消滅演算子,
相対論的量子力学,
光子,
量子化,
電磁気学
内容
ベクトルポテンシャルの展開
自由な放射場(電荷密度も電流密度もない:$\rho=\bm{j}=0$)に横波条件(Coulombゲージ条件)
\begin{align}
\nabla \cdot \bm{A}=0
\end{align}
を適用すると,Maxwell方程式より,ベクトルポテンシャルは
\begin{align}
\label {waveeq}
\left(\nabla \cdot \nabla - \frac{1}{c^2}\frac{\pd^2}{\pd t^2}\right)
\bm{A}(\bm{x},t)=0
\end{align}
を満たす。
空間を一辺$L$の長さの有限な体積$V$が周期的に並んだ構造をしているとし,その$V$中にある場を考える。
最終的に$L\to \infty$とすることで連続的な場合に一般化できる。
このような有限な体積$V$中では,ベクトルポテンシャルは$L$毎に周期性を持ち
\begin{align}
\label {eq:A_ikx}
\bm{A}(\bm{x},t)
=
\frac{1}{\sqrt{V}}\sum_{\bm{k}}
\left( \bm{A}_{\bm{k}}(t)e^{i\bm{k}\cdot\bm{x}}
+\bm{A}^*_{\bm{k}}(t)e^{-i\bm{k}\cdot\bm{x}} \right)
\end{align}
と平面波に展開される。
これを(\ref{waveeq})に代入すると,係数は調和振動子の運動方程式
\begin{align}
\frac{d^2}{dt^2}\bm{A}_{\bm{k}}(t)
=-\omega_k^2 \bm{A}_{\bm{k}}(t)
\end{align}
を満たす。
ここで,$\omega_k=c|\bm{k}|$である。
これより,$\bm{A}_{\bm{k}}(t)$の時間依存性が
\begin{align}
\bm{A}_{\bm{k}}(t) \sim e^{-i\omega t}
\end{align}
の形であることがわかる。
場のエネルギー
上の展開表現を用いると,電場と磁場はそれぞれ
\begin{align}
\bm{E}
=
-\frac{\pd \bm{A}}{\pd t}
=&
\frac{i}{\sqrt{V}}\sum_{\bm{k}}
\omega_k
\left( \bm{A}_{\bm{k}}(t)e^{i\bm{k}\cdot\bm{x}}
-\bm{A}^*_{\bm{k}}(t)e^{-i\bm{k}\cdot\bm{x}} \right) \\
\bm{B}
=
\nabla \times \bm{A}
=&
\frac{i}{\sqrt{V}} \sum_{\bm{k}}
\bm{k}\times
\left( \bm{A}_{\bm{k}}(t)e^{i\bm{k}\cdot\bm{x}}
-\bm{A}^*_{\bm{k}}(t)e^{-i\bm{k}\cdot\bm{x}} \right)
\end{align}
と表される。
そして,これらの自乗はそれぞれ
\begin{equation}
\begin{split}
\bm{E}\cdot \bm{E}
=
\frac{-1}{V}\sum_{\bm{k},\bm{k}'}
\omega_k \omega_{k'}
\left( \bm{A}_{\bm{k}}(t)\cdot\bm{A}_{\bm{k}'}(t)e^{i(\bm{k}+\bm{k}')\cdot\bm{x}}
- \bm{A}_{\bm{k}}(t)\cdot\bm{A}^*_{\bm{k}'}(t)e^{i(\bm{k}-\bm{k}')\cdot\bm{x}} \right.& \\
\left. - \bm{A}^*_{\bm{k}}(t)\cdot\bm{A}_{\bm{k}'}(t)e^{-i(\bm{k}-\bm{k}')\cdot\bm{x}}
+ \bm{A}^*_{\bm{k}}(t)\cdot\bm{A}^*_{\bm{k}'}(t)e^{-i(\bm{k}+\bm{k}')\cdot\bm{x}} \right)&
\end{split}
\end{equation}
および
\begin{equation}
\begin{split}
\bm{B}\cdot \bm{B}
=
\frac{-1}{V}\sum_{\bm{k},\bm{k}'}
&\left((\bm{k}\times \bm{A}_{\bm{k}}(t)) \cdot (\bm{k}'\times\bm{A}_{\bm{k}'}(t)) e^{i(\bm{k}+\bm{k}')\cdot\bm{x}} \right. \\
&-(\bm{k}\times \bm{A}_{\bm{k}}(t)) \cdot (\bm{k}'\times\bm{A}^*_{\bm{k}'}(t)) e^{i(\bm{k}-\bm{k}')\cdot\bm{x}} \\
&- (\bm{k}\times \bm{A}^*_{\bm{k}}(t)) \cdot (\bm{k}'\times\bm{A}_{\bm{k}'}(t))e^{-i(\bm{k}-\bm{k}')\cdot\bm{x}} \\
& +\left. (\bm{k}\times \bm{A}^*_{\bm{k}}(t)) \cdot (\bm{k}'\times\bm{A}^*_{\bm{k}'}(t))e^{-i(\bm{k}+\bm{k}')\cdot\bm{x}} \right)&
\end{split}
\end{equation}
となる。
直交関係
\begin{align}
\frac{1}{V}\int d^3x e^{i(\bm{k}-\bm{k}')\cdot \bm{x}}
=
\delta_{\bm{k}\bm{k}'}
\end{align}
と(\ref{eq:vect})を使って得られる
\begin{align}
(\bm{k}\times \bm{A}_{\bm{k}}(t)) \cdot (\bm{k}\times\bm{A}^*_{\bm{k}}(t))
=
k^2 |\bm{A}_{\bm{k}}|^2
\end{align}
および
$\omega_k= ck$
に注意し,これらを電磁場のエネルギーの表式
\begin{align}
E=\frac{1}{2}\int d^3x \left( \epsilon_0 E^2 + \frac{1}{\mu_0}B^2 \right)
\end{align}
に代入すると
\begin{align}
\label {eq:E1}
E=2\epsilon_0 \sum_{\bm{k}} |\bm{A}_{\bm{k}}|^2 \omega_k^2
\end{align}
が得られる。
正準変数
ここで,調和振動子の運動論方程式を満たす
\begin{align}
\bm{Q}_{\bm{k}}
\equiv&
\sqrt{\epsilon_0}
( \bm{A}_{\bm{k}}+\bm{A}^*_{\bm{k}}) \\
\bm{P}_{\bm{k}}
\equiv&
-i\omega \sqrt{\epsilon_0}
( \bm{A}_{\bm{k}}-\bm{A}^*_{\bm{k}})=\dot{\bm{Q}}_{\bm{k}}
\end{align}
という変数を定義すると,電磁場の係数はこれらを用いて
\begin{align}
\bm{A}_{\bm{k}}
=&
\frac{1}{2\sqrt{\epsilon_0}}
\left( \bm{Q}_{\bm{k}} + \frac{i}{\omega_k} \bm{P}_{\bm{k}} \right) \\
\bm{A}^*_{\bm{k}}
=&
\frac{1}{2\sqrt{\epsilon_0}}
\left( \bm{Q}_{\bm{k}} - \frac{i}{\omega_k} \bm{P}_{\bm{k}} \right)
\end{align}
で表されるから,(\ref{eq:E1})は
\begin{align}
E
=&
\frac{1}{2}\sum_{\bm{k}}\omega_k^2
\left( \bm{Q}_{\bm{k}}+ \frac{i}{\omega_k} \bm{P}_{\bm{k}} \right) \cdot
\left( \bm{Q}_{\bm{k}} - \frac{i}{\omega_k} \bm{P}_{\bm{k}} \right)
\notag \\
=&
\frac{1}{2}\sum_{\bm{k}}\omega_k^2
\left( |\bm{P}_{\bm{k}}|^2 + \omega_k^2 |\bm{Q}_{\bm{k}}|^2 \right)
\end{align}
と表せる。
これは,各$\bm{k}$ごとに,$(\bm{P}_{\bm{k}},\bm{Q}_{\bm{k}})$を正準座標の組とし,質量を$1$とした場合の調和振動子のHamiltonianの形をしている。
量子化
場のエネルギーが調和振動子の集まりの形で書けることがわかったため,一般の量子的調和振動子の議論にならって,正準変数を
\begin{align}
\bm{Q}_{\bm{k}} \to& \hat{\bm{Q}}_{\bm{k}} \\
\bm{P}_{\bm{k}} \to & \hat{\bm{P}}_{\bm{k}} = -i\hbar \frac{\pd}{\pd \bm{Q}}
\end{align}
と演算子化し,それに伴って生成消滅演算子を
\begin{align}
\bm{A}_{\bm{k}}
\to
\hat{\bm{a}}_{\bm{k}}
\equiv
\sqrt{\frac{2\omega_k \epsilon_0}{\hbar}} \hat{\bm{A}}_{\bm{k}} \\
\bm{A}^*_{\bm{k}}
\to
\hat{\bm{a}}^\dagger_{\bm{k}}
\equiv
\sqrt{\frac{2\omega_k \epsilon_0}{\hbar}} \hat{\bm{A}}^\dagger_{\bm{k}}
\end{align}
と定義する。これらの演算子は交換関係
\begin{align}
[ \hat{\bm{a}}_{\bm{k}} , \hat{\bm{a}}^\dagger_{\bm{k}'} ]
= \delta_{\bm{k},\bm{k}'}
\end{align}
を満たす。
横波条件と偏極ベクトル
上で定義された生成消滅演算子を(\ref{eq:A_ikx})に戻すと
\begin{align}
\bm{A}(\bm{x},t)
=
\sqrt{\frac{\hbar}{\epsilon_0 V}}
\sum_{\bm{k}}
\frac{1}{\sqrt{2\omega_k}}
\left( \hat{\bm{a}}_{\bm{k}}(t)e^{i\bm{k}\cdot\bm{x}}
+\hat{\bm{a}}^\dagger_{\bm{k}}(t)e^{-i\bm{k}\cdot\bm{x}} \right)
\end{align}
となる。
しかし,このままでは横波条件$\nabla \cdot \bm{A}=\bm{k}\cdot \bm{A}=0$を満たすことが明らかでない。
今の表現では,この条件は
\begin{align}
\bm{k}\cdot \hat{\bm{a}}_{\bm{k}}=0
\end{align}
と等価であるため,$\hat{\bm{a}}_{\bm{k}}$は$\bm{k}$に直交する2つの方向成分$i=1,2$を持つ単位ベクトル$\bm{e}^{i}_{\bm{k}}$を導入して
\begin{align}
\hat{\bm{a}}_{\bm{k}}=\sum_{i=1}^2 \hat{a}_{i, \bm{k}}\bm{e}_{\bm{k}}^{i}
\end{align}
と表すことができる。
$\bm{e}^{i}_{\bm{k}}$は電磁波の偏極方向を表しており,偏極ベクトル(polarization vector)と呼ばれる。
こうすると,$\hat{a}_{i\bm{k}}$の交換関係は
\begin{align}
[ \hat{a}_{i\bm{k}} , \hat{a}^\dagger_{j\bm{k}'} ]
= \delta_{ij}\delta_{\bm{k},\bm{k}'}
\end{align}
で与えられ,$\hat{a}_{i \bm{k}}$を用いてベクトルポテンシャルは
\begin{align}
\bm{A}(\bm{x},t)
=
\sqrt{\frac{\hbar}{\epsilon_0 V}}
\sum_{i, \bm{k}}
\frac{\bm{e}^{i}_{\bm{k}}}{\sqrt{2\omega_k}}
\left( \hat{a}_{i \bm{k}}(t)e^{i\bm{k}\cdot\bm{x}}
+\hat{a}^\dagger_{i\bm{k}}(t)e^{-i\bm{k}\cdot\bm{x}} \right)
\end{align}
と表せる。
また,(\ref{eq:E1})に対応して,Hamiltonian$\ \hat{H}$も調和振動子の集まりとして
\begin{align}
\hat{H}
=&
\frac{1}{2}\sum_{i, \bm{k}}
\left(\hat{a}^\dagger_{i\bm{k}}\hat{a}_{i\bm{k}}
+ \hat{a}_{i\bm{k}}\hat{a}^\dagger_{i\bm{k}} \right)\hbar \omega_k
\notag \\
=&
\label {eq:photonH}
\sum_{i, \bm{k}}
\left(\hat{a}^\dagger_{i\bm{k}}\hat{a}_{i\bm{k}}+\frac{1}{2} \right)\hbar \omega_k
\end{align}
と書ける。
2つ目の等式では交換関係を使っている。
ゼロ点エネルギーと正規積
(\ref{eq:photonH})は,無限個の調和振動子のエネルギーを集めた形になっているため,ゼロ点エネルギー$\hbar \omega_k/2$の和は発散する。
しかし,観測可能なのは状態間のエネルギーの差であるため,このゼロ点エネルギーに直接関係する性質を調べる場合以外は通常,基準点の変換に対応してこの部分を差し引き
\begin{align}
\label{eq:photonH2}
\hat{H} = \sum_{i, \bm{k}}
\hbar \omega_k\hat{a}^\dagger_{i\bm{k}}\hat{a}_{i\bm{k}}
\end{align}
と再定義したものをHamiltonianとして用いる。
このことは,正規積(normal product)と呼ばれる以下の操作
\begin{align}
:\hat{a}_{\bm{k}}\hat{a}^\dagger_{\bm{k}}:
\ \equiv
\hat{a}^\dagger_{\bm{k}}\hat{a}_{\bm{k}}
\end{align}
を導入することで,形式的に一般化することができる。
これは,生成消滅演算子の積が現れるとき,生成演算子を消滅演算子の左に置くよう指定することを表している。
(\ref{eq:photonH})の積にこの規則が適用されていたとすれば,ゼロ点エネルギーは現れず,(\ref{eq:photonH2})と一致することがわかる。