粒子のアイデンティティとPauliの排他律

Dr. SSS 2020/05/24 - 13:18:55 1492 量子力学
はじめに

古典力学においては,例えば電子なり,陽子なり,中性子なり,同種の粒子であっても,それぞれに番号を振るなどしてラベルすることで,それぞれを区別したまま,行く先を追跡することができる。 しかし,量子力学では,状況は一変する。 不確定性関係$\Delta x \Delta p \sim \hbar$より,それぞれの粒子の位置を十分な精度で確定しようとすると,運動量の不確定性が増大し,次の瞬間のそれぞれの粒子の位置を予測することができなくなり,粒子を区別したまま追跡することはできなくなる。 以下,この同種粒子の区別不能性に基づく基本的な性質について説明する。


keywords: 量子力学, 原子, ボゾン, スピン, フェルミオン

内容

粒子の交換

ある同種粒子2つからなる系を考え,系の状態は波動関数$\psi(\xi_1, \xi_2)$で表す。 ここで,$\xi_i$は,空間座標とスピンをまとめた$i$番目の粒子の座標である。 これらの粒子を入れ替えた操作も波動関数への演算とみなすことができ,それは

\begin{align} \hat{P}_{12} \psi(\xi_1, \xi_2) =\alpha \psi(\xi_2, \xi_1) \end{align}

と表せる。 ここで$\alpha$は入れ替えの演算子$\hat{P}_{12}$の固有値である。 そして,この演算をもう一度行った結果は元の状態と等しくないといけないから

\begin{align} \hat{P}_{12}^2 \psi(\xi_1, \xi_2) =\alpha^2 \psi(\xi_1, \xi_2)=\psi(\xi_1, \xi_2) \end{align}

が成り立つ。 これより,固有値$\alpha$の取りうる値は$\pm 1$の2通りであることがわかる。 実際,自然界には入れ替えに対して対称($\alpha=1$)である粒子種と反対称($\alpha=-1$)である粒子種の2種類が存在している。 この対称・反対称関係はスピン統計性と直接関係しており,前者の粒子種はスピンが整数のボゾン,後者はスピンが半整数のフェルミオンとなる。

2粒子系の波動関数を,それぞれの粒子が取る量子数を$p_i$として

\begin{align} \psi_{p_1} (\xi_1)\psi_{p_2}(\xi_2) \end{align}

の形におこう。 そして,ボゾンの場合であれば

\begin{align} \psi(\xi_1, \xi_2)=\frac{1}{\sqrt2} \left( \psi_{p_1}(\xi_1)\psi_{p_2}(\xi_2) +\psi_{p_1}(\xi_2)\psi_{p_2}(\xi_1) \right) \end{align}

とおけば,粒子交換の対称性$\psi(\xi_1, \xi_2)=\psi(\xi_2, \xi_1)$を満たすことは直ちに確かめられる。 $1/\sqrt 2$は規格化のための定数である。 するとフェルミオンの場合は,粒子交換の反対称性$\psi(\xi_1, \xi_2)=-\psi(\xi_2, \xi_1)$を考慮して

\begin{align} \label {fermi} \psi(\xi_1, \xi_2)=\frac{1}{\sqrt2} \left( \psi_{p_1}(\xi_1)\psi_{p_2}(\xi_2) -\psi_{p_1}(\xi_2)\psi_{p_2}(\xi_1) \right) \end{align}

とおける。

この式はまた

\begin{align} \label {slater1} \psi(\xi_1, \xi_2) =\frac{1}{\sqrt 2!} \left| \begin{array}{cc} \psi_{p_1}(\xi_1) & \psi_{p_1}(\xi_2) \\ \psi_{p_2}(\xi_1) & \psi_{p_2}(\xi_2) \\ \end{array} \right| \end{align}

と行列式の形に表すこともできる。




Pauliの排他律

これらの性質は,宇宙の構造を説明する上で極めて重要な役割を持つ。 その一つが,Pauliの排他律と呼ばれるものである。 2つの同種のフェルミオンが,同じ状態を取る場合($\psi_{p_1}=\psi_{p_2}=\psi_p$)を考えてみる。 すると,式(\ref{fermi})は

\begin{align} \psi(\xi_1, \xi_2)=\frac{1}{\sqrt2} \left( \psi_{p}(\xi_1)\psi_{p}(\xi_2) -\psi_{p_1}(\xi_2)\psi_{p}(\xi_1) \right) =0 \end{align}

となり,波動関数の値が0となることが示される。 一般的な解釈では,波動関数は(その自乗の絶対値が)系がある状態を取る確率を与えるため,このことは同一のフェルミオンが同じ状態を占有することはありえないということを示している。 これがPauliの排他律である。

原子中の電子がすべて最もエネルギーの低い状態を占有せず,層状に殻を構成する理由もこの性質によって説明される。 他方でボゾンにはこのような禁則は存在しないため,いくつでも同じ状態を占めることができる。 素粒子のこうした性質の違いによって,宇宙の複雑な構造は成り立っている。


任意の粒子数への一般化

ボゾン

最後に,任意の粒子数$N$に一般化した形を示しておこう。 $N$個の波動関数を

\begin{align} \psi_{p_1}(\ ) \psi_{p_2}(\ ) ... \psi_{p_N}(\ ) \end{align}

と並べ,$( \ )$内に$N$個の粒子座標をそれぞれ入れていくと,そのやり方は$N!$だけある。 しかし,ボゾンの場合,複数の粒子が同一の量子状態を取ることも可能であるから,$p_1$状態にある粒子数を$N_1$,$p_2$状態にある粒子数を$N_2...$とすると,重複を考慮した場合の異なる並べ方の数は$N!/(N_1! N_2!...)$となる。 よって,2粒子の場合$1/\sqrt 2$であった規格化定数は$\sqrt{N_1! N_2!.../N!}$に変わり,波動関数は

\begin{align} \psi_{N_1N_2...} = \left(\frac{N_1!N_2!...}{N!}\right)^{1/2} \sum_P \psi_{p_1}(\xi_1) \psi_{p_2}(\xi_2) ... \psi_{p_N}(\xi_N) \end{align}

と置ける。 ここで,$\sum_P$は,状態ラベル$p_i$のすべての入れ替えを考慮することを表している。

改めて,具体的な例として$N=3$の場合で確かめてみよう。 粒子はそれぞれ$p_1$から$p_3$状態を占めるとする。 つまり$N_1=N_2=N_3=1$である。 この場合,波動関数の積は

\begin{align} \notag \psi_{p_1}(\xi_1) \psi_{p_2}(\xi_2) \psi_{p_3}(\xi_3) + \psi_{p_1}(\xi_1) \psi_{p_2}(\xi_3) \psi_{p_3}(\xi_2) + \psi_{p_1}(\xi_2) \psi_{p_2}(\xi_1) \psi_{p_3}(\xi_3) \\ + \psi_{p_1}(\xi_2) \psi_{p_2}(\xi_3) \psi_{p_3}(\xi_1) + \psi_{p_1}(\xi_3) \psi_{p_2}(\xi_1) \psi_{p_3}(\xi_2) + \psi_{p_1}(\xi_3) \psi_{p_2}(\xi_2) \psi_{p_3}(\xi_1) \end{align}

と$6$通りあるので,規格化定数は$1/\sqrt{N!}=1/\sqrt {3!}$となる。 しかし,例えば$N_1=2,N_2=1,N_3=0$の場合,積は

\begin{align} \psi_{p_1}(\xi_1) \psi_{p_1}(\xi_2) \psi_{p_2}(\xi_3) +\psi_{p_1}(\xi_1) \psi_{p_1}(\xi_3) \psi_{p_2}(\xi_2) +\psi_{p_1}(\xi_2) \psi_{p_1}(\xi_3) \psi_{p_2}(\xi_1) \end{align}

の3通りの組み合わせしかなくなる。 このときの規格化係数は$\sqrt{N_1!/N!}=\sqrt{2!/3!}=\sqrt{1/3}$となり,確かに正しい値が与えられる。


フェルミオン

フェルミオンの波動関数は行列式(\ref{slater1})をそのまま拡張すればよい。 フェルミオンの場合は複数の同一粒子が同じ量子状態を取ることはできないから,規格化定数は$1/\sqrt{N!}$でよく

\begin{align} \label {slater} \psi_{N_1 N_2...} =\frac{1}{\sqrt N!} \left| \begin{array}{cccc} \psi_{p_1}(\xi_1) & \psi_{p_1}(\xi_2) & ... & \psi_{p_1}(\xi_N) \\ \psi_{p_2}(\xi_1) & \psi_{p_2}(\xi_2) & ... & \psi_{p_2}(\xi_N) \\ ... & ... & ... & ... \\ \psi_{p_N}(\xi_1) & \psi_{p_N}(\xi_2) & ... & \psi_{p_N}(\xi_N) \end{array} \right| \end{align}

と表せる。 実際,粒子の入れ替えは,列の入れ替えに対応するため,奇数回の入れ替えは行列式の符号を反転させること,そして,いずれかの$i$と$j$について$p_i=p_j$が成り立つとき,$i$行目と$j$行目が等しくなるが,これも行列式一般の性質から$0$となることから,行列式(\ref{slater})が複数の同種フェルミオン系の状態の性質を反映していることがわかる。 この行列式は,Slater行列式と呼ばれる。



参考文献