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    自己共役演算子と固有関数展開

    Dr. SSS 2024/11/21 - 20:33:21 67 量子力学
    はじめに


    keywords: Hermite演算子, 固有値問題, 自己共役演算子

    観測量と自己共役演算子

    位置や運動量およびエネルギーといった観測可能な物理量のことを,可観測量(observable)[あるいは日本語では単に観測量]と呼ぶ。 観測量は実数であるはずだから,その期待値も任意の状態に対して実数でなくてはならない。 つまり,ある観測量に対応する演算子を$\hat{A}$,その固有値を$a$とすると

    \begin{equation} \langle\hat{A}\rangle = \int \psi^*\hat{A}\psi dx = \int a\psi^*\psi dx \end{equation}

    および

    \begin{equation} \langle\hat{A}\rangle^* = \int (\hat{A}\psi)^*\psi dx = \int a^*\psi^*\psi dx \end{equation}

    が等しくなければならないということである。 ここで,空間座標は次元に関わらずまとめて$x$で表してある。

    より一般に

    \begin{equation} (\varphi, \hat{A}\psi) = \int \varphi^*\hat{A}\psi dx = \int (\hat{B}\varphi)^*\psi dx = (\hat{B}\varphi,\psi) \end{equation}

    を満たす演算子$\hat{B}$を,$\hat{A}$の共役演算子と呼び,$\hat{B}=\hat{A}^\dagger$のように表す。 特に,$A=A^\dagger$であり

    \begin{equation} \label{eq:hermitian_condition} (\varphi, \hat{A}\psi) = \int \varphi^*\hat{A}\psi dx = \int (\hat{A}\varphi)^*\psi dx = (\hat{A}\varphi,\psi) \end{equation}

    のようになる演算子を,Hermite演算子(Hermitian operator)という。 例えば運動量演算子の場合,境界で波動関数がゼロであるという条件が成り立つならば,部分積分を行うことで

    \begin{equation} \begin{split} (\varphi, \hat{p}\psi) =& \int dx \varphi^*(x)\left(-i\hbar \frac{\partial}{\partial x}\psi(x)\right) \\ =& \int dx \left(i\hbar\frac{\partial}{\partial x}\varphi^*(x)\right)\psi(x) \\ =& (\hat{p}\varphi,\psi) \end{split} \end{equation}

    となるため,Hermiteである。 Hermite演算子のうち,自己共役演算子(self-adjoint operator)と呼ばれるクラスが重要になるのだが,通常の量子力学の文脈では特に違いは意識されず,しばしば同一視される。 ここでも慣例に倣って,$A=A^\dagger$なる演算子を自己共役演算子と呼ぶことにして話を進める。

    固有関数の直交性

    以下,離散的なスペクトルを持つ観測量$A$について考える。 $A$に対応する演算子$\hat{A}$の固有値を$a_n$とし,$a_n$に属する固有関数を$\psi_n$と記すことにする。

    二つの固有関数$\psi_n,\psi_m$にそれぞれ自己共役な演算子$\hat{A}$を作用させる。 それぞれの固有値を$a_n$および$a_m$とすると

    \begin{equation} \hat{A}\psi_n =a_n\psi_n \end{equation}

    および

    \begin{equation} \hat{A}\psi_m =a_m\psi_m \end{equation}

    が得られる。 一つ目の式に$\psi_m^*$を,二つ目の式の複素共役に$\psi_n$をかけるとそれぞれ

    \begin{equation} \psi_m^*\hat{A}\psi_n =a_n\psi_m^*\psi_n \end{equation}

    \begin{equation} \psi_n\hat{A}^*\psi_m^* =a_m\psi_n\psi_m^* \end{equation}

    となり,これらの差を取ると

    \begin{equation} \psi_m^*\hat{A}\psi_n -\psi_n\hat{A}^*\psi_m^* = (a_n-a_m)\psi_m^*\psi_n \end{equation}

    となる。 この両辺を空間全体で積分すると

    \begin{equation} \int dx( \psi_m^*\hat{A}\psi_n -\psi_n\hat{A}^*\psi_m^*) = (a_n-a_m)\int dx \psi_m^*\psi_n \end{equation}

    であるが,Hermite性(\ref{eq:hermitian_condition})より左辺はゼロになるから

    \begin{equation} (a_m-a_n) \int\psi_m^* \psi_n dx =0 \end{equation}

    という条件が得られる。 すなわち,異なる固有値を持つ固有関数同士は直交する:

    \begin{equation} \int \psi_m^* \psi_n dx =0 \quad \text{if} \ a_m\neq a_n \end{equation}

    すべての固有関数が異なる固有値を持てば,固有関数の集合は直交系を成すということである。

    ところで,ある状態$\psi$が$\hat{A}\psi=a\psi$を満たすなら,適当な定数$c$をかけた状態$\varphi=c\psi$も同じ式を満たすから,固有関数は

    \begin{equation} \int |\psi_n|d^3x =1 \end{equation}

    となるように規格化できる。 したがって,固有関数の集合は

    \begin{equation} \int \psi_m^* \psi_n dx =\delta_{mn} \end{equation}

    のように,正規直交化可能である。 下で議論するように,同じ固有値に複数の固有関数が属している場合も同様の処理が可能である。



    固有値の縮退と縮退度

    同じ固有値に複数の固有関数が属している場合を考えよう。 このとき,その固有値は縮退(degenerate)しているという。 縮退の度合いは次のように定められる。 まず,ある固有関数を定数倍すれば,同じ固有値方程式を満たす関数がいくらでも作れるので

    \begin{equation} \psi_{1}=c\psi_{2} \end{equation}

    のような関係にある固有関数は同一のものとみなす。 続いて,例えば固有値$a_k$に属する固有関数が$\phi_{1},\phi_{2},\phi_{3}$と三つあったとしよう。 このときも定数倍の関係と似て,もしこれらのうちの一つが,他の二つの線形結合により

    \begin{equation} \phi_{3} = c_{1}\phi_{1} +c_{2}\phi_{2} \end{equation}

    のように表せるなら,この固有値の縮退度(degree of degeneracy)は2と定められる。 また線形独立な波動関数のうち一つを$\varphi_1=\phi_{1}/|\phi_{1}|$によって規格化し,残りの方を

    \begin{equation} \varphi_2 = \frac{\phi_{2}-(\varphi_1,\phi_{2})\varphi_1}{|\phi_{2}-(\varphi_1,\phi_{2})\varphi_1|} \end{equation}

    で定めれば,$\phi_1,\phi_2$から,正規直交条件

    \begin{equation} (\varphi_m,\varphi_n) = \int \varphi_m^*\varphi_n dx =\delta_{mn} \quad (m,n=1,2) \end{equation}

    を満たす固有関数の組が作れる。 この直交化の方法は,Gram–Schmidtの直交化手続き(Gram–Schmidt orthonormalization procedure)と呼ばれる。

    三つより多くの固有関数がある場合も同様である。 線形独立な固有関数の数を,固有値の縮退度と定め,それが$s$であったとすると,$s$個の線形独立な関数から,互いに直交する$s$個の関数系を作れる。 こうして結局,縮退がある場合も,上で述べたような正規直交系が構成できる。

    以下,断りがない限り,固有関数系はすべてこのように正規直交化されているとする。

    固有関数展開

    上で,固有関数の集合は,正規直交化可能であることを議論した。 ただ,固有関数がどれだけ存在するかについては考えなかった。 ここで,次のように考えてみよう。 系がある任意の状態$\psi$にあるとき,観測量$A$の測定を行うと,固有値$a_n$のいずれかが得られる。 どの固有値が得られるかについては確率的な議論しかできないが,状態は一般にこれら固有関数をすべて含む形で書けるはずである。 つまりこれは,$\psi$が固有関数の重ね合わせ,すなわち線形結合で表されることを意味している。

    この物理的な考察から,任意の観測量に対応する演算子の固有関数により,任意の波動関数が展開できることが示唆される。 実際,数学的にも,Hilbert空間の元である任意の波動関数は,自己共役演算子を用いて

    \begin{equation} \psi =\sum_n c_n \psi_n \end{equation}

    と展開できることが示せる。 このように任意の連続関数を,それらを用いて展開できる関数の集まりを,関数の完全系(complete system)という。 完全性と,上に述べた正規直交性より,固有関数の集合は,Hilbert空間における正規直交基底の役割を果たす。

    次に,展開係数の意味について考えよう。 仮に固有値として$a_n$しか取りえない場合,波動関数は$\psi=\psi_n$であり,したがって

    \begin{equation} \int dx |\psi|^2 =\int dx|c_n|^2|\psi_n|^2 =|c_n|^2 \end{equation}

    である。 反対に,系が状態$\psi_n$を取りえないならば,$c_n=0$である。 これらのことから,展開係数の絶対値の二乗

    \begin{equation} P(a_n) =|c_n|^2 \end{equation}

    は,観測量$A$の測定結果が$a_n$である確率に対応していることがわかる。 するとまた,確率の総和が1であることから

    \begin{equation} \sum_n |c_n|^2=1 \end{equation}

    という条件が与えられる。


    参考文献