ここでは,基本的な力学量の1つである角運動量とその保存則について説明する。 まず角運動量保存則を身近に感じられる例であるスケート選手の回転や,ジャイロ効果を用いたジャイロスコープの原理を通して平易な解説し,その後具体的な数式を用いた説明を行う。
ジャイロスコープ:角運動量の性質を利用した興味深い装置/おもちゃ。
フィギュアスケートの選手は腕を伸び縮みさせることで回転の速さをコントロールするが,なぜその方法で回転の速さが変わるのだろうか? この仕組みの背後にある原理が,角運動量保存則というものである。
角運動量は,回転の腕の長さ($\bm{x}$)と,運動量($\bm{p}$)という量で決まるベクトル量(大きさと向きを持つ量)で,角運動量を表すベクトルは,右手の手首を,回転の半径に沿った向きから,回転の方向に曲げたときに親指が向く方向を指す。
図1:角運動量($\bm{L}$)の向きは,右手の指先を回転の腕($\bm{x}$)の向きに向け,運動量($\bm{p}$)の向く先に手首を曲げたとき,親指が向く方向。
角運動量は,回転に影響を与える力が働いていなければ,向きも値も変化しない。これを角運動量保存則(conservation of momentum)という。 これを念頭にスケート選手の回転について考えてみよう。 簡単のために,氷との摩擦や空気抵抗などは無視できるとし,回転軸も固定されているとして話を進める。
これらの条件の下では,角運動量の大きさは(回転の腕の長さ)×(運動量の大きさ)で決まり,その値は変化しないから,腕の長さを伸ばせば,その増分を打ち消す形で運動量は減少するし,反対に腕を縮めれば,運動量は増して回転が速くなる。
図2:回転しながら腕を縮めた姿勢から伸ばした姿勢に変えると,腕の長さが$\bm{x}$から$\bm{x}'$,運動量が$\bm{p}$から$\bm{p}'$と変化するが,角運動量は変化しない。
これが,スケート選手が姿勢を変えることで回転速度をコントロールできる理由である。
角運動量保存則の影響を実感できるもう一つの例が,ジャイロ効果(gyro effect)と呼ばれるものだ。 スケート選手の例は軸の向きを固定していたので,角運動量の大きさだけに関するものだったが,今度は角運動量の方向の変化も関係してくる。
【ジャイロ効果】
— 美しき物理学bot (@ST_phys_bot) February 15, 2023
車輪の軸は片側しか吊られていないから,重力によって傾くはずだが,車輪が勢いよく回転している場合,傾く代わりに姿勢を維持したまま軸が回転する。
より詳しい説明はリンク↓↓参照https://t.co/H6jUOck7sD pic.twitter.com/DuyD79ZUuQ
角運動量保存則を簡易的な数式を使って表現すると
となる。 ここで$\Delta L$は角運動量の変化分,$\Delta t$はその変化にかかった時間,そして$\bm{N}$は力のモーメント(moment of force),あるいはトルク(torque)と呼ばれる量で,回転に影響を与える力の能率を表している。 そして,このトルクの方向は,図1で運動量を力に変えた場合に角運動量の向きに対応する方向,すなわち腕の方向から力の向く先に右手首を曲げたときに親指が向く方向となる。
質量$M$を持つ回転する車輪と,車輪の重心までの長さ$r$を持ち,重さを無視できる軸からなる装置を考える。 そしてこれを,上の動画,あるいは下の図3の左のように,軸の片側だけ吊ってぶらさげる。 すると,軸が片側しか吊られていないため,重力$\bm{F}_g=M\bm{g}$によりトルク$\bm{N}=\bm{r}\times\bm{F}_g$が働き,車輪が傾こうとする。
図3:軸の片側だけを宙に吊った回転する車輪。右はそれを上から見た図。
角運動量保存の式(\ref{eq:ang_cons})より
であるから,この時の角運動量の変化の方向は,トルクに沿った方向を向く。 よって車輪は角運動量ベクトルがトルクを追いかける方向に回転する(図3の右)。
このように,角運動量保存の性質に由来して,外力に対しても姿勢を維持する現象をジャイロ効果と呼ぶ。 また,回転軸が首を振るように回転する運動を,歳差運動(precession)という。
ジャイロ効果を体感できるおもちゃとして,導入部分のアニメーションで示されているジャイロスコープというものがある。 これは,元々はジャイロ効果などを利用して,回転する物体の力学的性質を測る目的で開発された装置であるが,単に実用的な装置としてではなく,回転運動の興味深い振る舞いを鑑賞するおもちゃとしても人気がある。
角運動量の形式的な定義とトルクとの関係を示しておこう。
原点$O$周りの質点の角運動量$\bm{L}$は,その質点の位置ベクトル$\bm{r}$と線形運動量$\bm{p}$を用いて
と定義される。
この量の時間微分を取ってみると
となる。
ここで,位置ベクトル$\bm{r}$の時間微分は速度$\bm{v}$であることと,運動量はそれと質点の質量$m$を用いて$\bm{p}=m\bm{v}$と表せること,および運動量の時間微分は力$\bm{F}$に等しいことを使うと(\ref{eq:dL1})は
と書き直せる。 右辺1項目は外積の性質から0で,2項目はトルク$\bm{N}$と等しいことを使うと結局
という関係式が得られる。 これより,もしトルクが作用していないければ,すなわち$\bm{N}=0$であれば,角運動量は保存することがわかる。
形式的な定義を与えたので,ジャイロスコープの運動についてももう少し詳細に調べてみよう。 今度は鉛直方向からの傾き$\theta$で接地した状態を考え(図4の左),歳差運動の周波数$\Omega$を求めてみる。 ジャイロスコープのように大きさを持つ物体の場合,実際には,質点の力学ではなく剛体の力学が必要となるが,大まかに理解するためには,質点の力学の知識のみで充分である。
図4:接地した場合のジャイロスコープ。右はそれを上から見たもの。
さて,まずは力の釣り合いから確認しよう。 剛体には全体として重力$M\bm{g}$が作用するが,地面や台に置いた場合には,その接点$O$における抗力が(ちなみに上からひもで吊るした場合には張力が)上向きの力$\bm{F}_z$として作用し,鉛直方向の重力が釣り合い
が成り立つ。
続いて,接点$O$に対するトルクの大きさ考えよう。 $O$を基準とするので,$\bm{F}_z$はトルクは寄与しない。 よって,$O$から重心までの距離を$r$とすると,重力の寄与から
となる。 $O$周りの系全体の角運動量は,$O$を中心に,鉛直方向を軸とする回転による$\bm{L}_\text{orbit}$と,円盤の回転$\bm{L}_\text{spin}$の合成
で与えられるが,$\bm{L}_\text{orbit}$の時間変化は,$\bm{L}_\text{spin}$の変化に比べ十分ゆっくりであるとみなせ
と近似できるため,以下$\bm{L}_\text{orbit}$自体を無視して考える。
角運動量の微小変化は
であるから,その大きさは,トルクの大きさ(\ref{eq:torque_Mg})より
である。 一方で,$dL$は微小角$\delta \varphi$を用いて
とも表せる(図4の右)。 これより,歳差運動の周波数が
と求められる。
剛体力学の知識を使うならば,角運動量は慣性モーメント$I$と呼ばれる量と,回転の周波数,この場合は円盤の回転周波数$\omega$を用いて$L=I\omega$と表現でき,2つの周波数の関係
が得られる。