はじめに
ここでは,Noetherの定理と呼ばれる,系の持つ対称性と保存則に関する定理を紹介する。Noetherの定理は物理学において非常に重要な物であるが,それを示したNoetherは,女性であるという理由ではじめは大学から採用を拒まれ,数学者Hilbertのサポートにより職を得た後も女性差別の対象となった。 ジェンダーによる差別は,物理学界を含め,未だに学術界にも根強く残っている。ここでは,Noetherの定理について学びながら,そうした問題についても思いを巡らせてもらいたい。
さて,作用$S=\int dt L$がある連続的な変換の下で不変であるとき,すなわちその変換について対称性を持つとき,そこから導かれる運動方程式も不変に保たれる。
このとき,対称性に対応する保存量が存在するというのが,Notherの定理が述べることである。
以下では,まずその具体的な例を扱った後,最後にそれらを一般化した形としてNotherの定理を紹介する。
一般的な形から始めたい人は,最後の節を最初に読んでもらえればいい。
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David Hilbert
内容
空間並進対称性
まず,$N$個の粒子からなる系を対象とし,系全体をある方向に一斉にずらす変換を考える。
Descartes座標系$\bm{x}=(x_1,x_2,x_3)$で考え,変化させる方向の単位ベクトルを$\bm{e}$とすれば,この変換は
\begin{align}
\bm{x}_a \to \bm{x}_a+ \ep\bm{e}
\end{align}
と表せる。
ここで$a$は粒子を表すラベルで,$\ep$は無限小のパラメータを表している。
無限小でない変換については,この変換を積み重ねることを考えればいい。
このときLagrangianの変化は
\begin{align}
\delta L
=\sum_a \frac{\pd L}{\pd \bm{x}_a}\cdot \delta \bm{x}_a
=\sum_a \frac{\pd L}{\pd \bm{x}_a}\cdot \ep \bm{e}
\end{align}
となる。
この変換は,単なる$\bm{e}$に沿った方向微分であって関数形を変える変分ではないため,$\delta \dot{\bm{x}}_a=0$であることに注意しよう。
Lagrangianが空間並進の下で不変であるためには,任意の$\bm{e}$についてこの量が0である必要がある。
Euler-Lagrange方程式を使って書き換えれば
\begin{align}
\sum_a \frac{\pd L}{\pd \bm{x}_a} \cdot \bm{e}
=\frac{d}{dt} \sum_a \frac{\pd L}{\pd\dot{\bm{x}}_a} \cdot \bm{e}=0
\end{align}
である。
すなわち,並進対称性を持つ系では,全運動量$\bm{p}=\sum_a \pd L/\pd \dot{\bm{x}}_a$の時間微分はゼロとなる:
\begin{align}
\frac{d}{dt}\bm{p}
=\frac{d}{dt}\sum_a \frac{\pd L}{\pd \dot{\bm{x}}_a} =0
\end{align}
言い換えると,$\bm{p}$は積分すると
\begin{align}
p_\alpha =\text{定数} \ \ (\alpha=1,2,3)
\end{align}
となるため,運動量の各成分は保存量となる。
このように,積分した結果定数となる,すなわち運動に沿って不変である量を,運動の第1積分という。
回転対称性
続いて,前節で扱ったのと同様の系を空間的に回転させる変換を考える。微小角$\delta \varphi$だけ回転させたときの座標変化は
\begin{align}
\bm{x} \to \bm{x}+ \delta\bm{\varphi}\times\bm{x}
\end{align}
と表せる。
ここでベクトル$\delta \bm{\varphi}$は,回転軸に並行で大きさ$\delta \varphi$を持つベクトルとして定義されている(図1)。
時間並進対称性
今度は時間並進を考える。
時間並進
\begin{align}
t\to t+ \delta t
\end{align}
に伴うLagrangianの変化は
\begin{align}
\delta L = \delta t
\left( \frac{\pd L}{\pd q^i} \dot{q}^i
+\frac{\pd L}{\pd \dot{q}^i } \ddot{q}^i \right)
\end{align}
である($i=1,2,3,...,3N$)。
$\delta t$は単に時間の微小変化であるため,両辺を$\delta t$で割れば
\begin{align}
\frac{dL}{dt}= \left( \frac{\pd L}{\pd q^i} \dot{q}^i
+\frac{\pd L}{\pd \dot{q}^i } \ddot{q}^i \right)
\end{align}
となる。
つまり,初めから$dL/dt$をチェーンルールを使って計算したのと同じことだ。
ここでまたEuler-Lagrange方程式を使って変形すれば
\begin{align}
\frac{dL}{dt}
=& \left( \frac{d}{dt}\frac{\pd L}{\pd \dot{q}^i } \dot{q}^i
+\frac{\pd L}{\pd \dot{q}^i } \ddot{q}^i \right) \notag \\
=& \frac{d}{dt} \left( \frac{\pd L}{\pd \dot{q}^i } \dot{q}^i \right)
\end{align}
となる。
両辺をまとめると
\begin{align}
\frac{d}{dt} \left( \frac{\pd L}{\pd \dot{q}^i } \dot{q}^i -L \right) =0
\end{align}
となり,このときは,エネルギー
\begin{align}
E \equiv \frac{\pd L}{\pd \dot{q}^i } \dot{q}^i -L
\end{align}
が保存量となることがわかる。
Noetherの定理
空間並進,空間回転,時間並進という上述の例では,ある対称性が存在すると,それに対応する保存量が存在した。
このことを一般化したのがNoetherの定理である。
複数の変換をまとめて考えれば,一般の無限小変換は
\begin{align}
\label {eq:delq_gen}
q^i \to q^i+\sum_{\mu=1}^k \ep^\mu f_\mu^i (q,\dot{q})
\end{align}
と表せる。
ここで$1$から$k$まで走る添え字$\mu$で変換の種類を区別している。
$\ep_\mu$はそれらの変換ごとの無限小のパラメータで,$f_\mu^i$が具体的な変換の内容を表す。
例えば空間並進のみを考えるのであれば,無限小パラメータは添え字の要らない定数,変換関数は3次元空間で見たときの移動方向の単位ベクトル$\bm{e}$であるため,一般化座標を改めて粒子ごとの位置ベクトルにまとめることで
\begin{align}
\bm{q}_a \to \bm{q}_a+\ep \bm{e}, \ \ (a=1,2,...,N)
\end{align}
と対応させられる。
さて,変換(\ref{eq:delq_gen})の下でLagrangianの変化は
\begin{align}
\label {delL}
\delta L
= \sum_\mu \ep^\mu
\left( \frac{\pd L}{\pd q^i} f_\mu^i
+ \frac{\pd L}{\pd \dot{q}^i} \frac{df_\mu^i}{dt} \right)
\end{align}
となる。
このとき,Lagrangianの変分が
\begin{align}
\label {dLdt}
\sum_\mu \left( \frac{\pd L}{\pd q^i} f_\mu^i
+ \frac{\pd L}{\pd \dot{q}^i} \frac{df_\mu^i}{dt} \right)
= \sum_\mu \frac{d\Lambda_\mu}{dt}
\end{align}
の形をしていれば,変換による両端を固定した作用への寄与は
\begin{align}
\delta S = \sum_\mu \ep_\mu \int \frac{d\Lambda_\mu}{dt} dt =0
\end{align}
と消えるため,系は不変に保たれる。
個々の$\mu$について(\ref{dLdt})の左辺は
\begin{align}
\left( \frac{d}{dt}\frac{\pd L}{\pd \dot{q}^i} f_\mu^i
+ \frac{\pd L}{\pd \dot{q}^i} \frac{df_\mu^i}{dt} \right)
= \frac{d}{dt} \left( \frac{\pd L}{\pd \dot{q}^i} f_\mu^i \right)
\end{align}
と全微分の形に変形できるため
\begin{align}
\frac{d}{dt}J_\mu=0
\end{align}
を満たす量
\begin{align}
J_\mu \equiv \frac{\pd L}{\pd \dot{q}^i} f_\mu^i -\Lambda_\mu
\end{align}
が存在することがわかる。
対称な変換に対応して存在するこの保存量$J_\mu$をNoetherカレントと呼ぶ。