Noetherの定理:対称性と保存則

Dr. SSS 2020/06/26 - 19:14:39 3642 古典力学
はじめに

ここでは,Noetherの定理と呼ばれる,系の持つ対称性と保存則に関する定理を紹介する。Noetherの定理は物理学において非常に重要な物であるが,それを示したNoetherは,女性であるという理由ではじめは大学から採用を拒まれ,数学者Hilbertのサポートにより職を得た後も女性差別の対象となった。 ジェンダーによる差別は,物理学界を含め,未だに学術界にも根強く残っている。ここでは,Noetherの定理について学びながら,そうした問題についても思いを巡らせてもらいたい。

さて,作用$S=\int dt L$がある連続的な変換の下で不変であるとき,すなわちその変換について対称性を持つとき,そこから導かれる運動方程式も不変に保たれる。 このとき,対称性に対応する保存量が存在するというのが,Notherの定理が述べることである。 以下では,まずその具体的な例を扱った後,最後にそれらを一般化した形としてNotherの定理を紹介する。 一般的な形から始めたい人は,最後の節を最初に読んでもらえればいい。


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内容

空間並進対称性

まず,$N$個の粒子からなる系を対象とし,系全体をある方向に一斉にずらす変換を考える。 Descartes座標系$\bm{x}=(x_1,x_2,x_3)$で考え,変化させる方向の単位ベクトルを$\bm{e}$とすれば,この変換は

\begin{align} \bm{x}_a \to \bm{x}_a+ \ep\bm{e} \end{align}

と表せる。 ここで$a$は粒子を表すラベルで,$\ep$は無限小のパラメータを表している。 無限小でない変換については,この変換を積み重ねることを考えればいい。 このときLagrangianの変化は

\begin{align} \delta L =\sum_a \frac{\pd L}{\pd \bm{x}_a}\cdot \delta \bm{x}_a =\sum_a \frac{\pd L}{\pd \bm{x}_a}\cdot \ep \bm{e} \end{align}

となる。 この変換は,単なる$\bm{e}$に沿った方向微分であって関数形を変える変分ではないため,$\delta \dot{\bm{x}}_a=0$であることに注意しよう。 Lagrangianが空間並進の下で不変であるためには,任意の$\bm{e}$についてこの量が0である必要がある。 Euler-Lagrange方程式を使って書き換えれば

\begin{align} \sum_a \frac{\pd L}{\pd \bm{x}_a} \cdot \bm{e} =\frac{d}{dt} \sum_a \frac{\pd L}{\pd\dot{\bm{x}}_a} \cdot \bm{e}=0 \end{align}

である。 すなわち,並進対称性を持つ系では,全運動量$\bm{p}=\sum_a \pd L/\pd \dot{\bm{x}}_a$の時間微分はゼロとなる:

\begin{align} \frac{d}{dt}\bm{p} =\frac{d}{dt}\sum_a \frac{\pd L}{\pd \dot{\bm{x}}_a} =0 \end{align}

言い換えると,$\bm{p}$は積分すると

\begin{align} p_\alpha =\text{定数} \ \ (\alpha=1,2,3) \end{align}

となるため,運動量の各成分は保存量となる。 このように,積分した結果定数となる,すなわち運動に沿って不変である量を,運動の第1積分という。


回転対称性

続いて,前節で扱ったのと同様の系を空間的に回転させる変換を考える。微小角$\delta \varphi$だけ回転させたときの座標変化は

\begin{align} \bm{x} \to \bm{x}+ \delta\bm{\varphi}\times\bm{x} \end{align}

と表せる。 ここでベクトル$\delta \bm{\varphi}$は,回転軸に並行で大きさ$\delta \varphi$を持つベクトルとして定義されている(図1)。

図1:位置の変異$\delta \bm{x}$と,回転角ベクトル$\delta \bm{\varphi}$の関係

この場合のLagrangianの変化は

\begin{align} \delta L = \sum_a \left( \frac{\pd L}{\pd \bm{x}_a}\cdot (\delta\bm{\varphi}\times\bm{x}_a) + \frac{\pd L}{\pd \dot{\bm{x}}_a}\cdot (\delta\bm{\varphi}\times\dot{\bm{x}}_a) \right) \end{align}

である。 ここで

\begin{align} \dot{\bm{p}}_a= \frac{\pd L}{\pd \bm{x}_a}, \ \ \bm{p}_a = \frac{\pd L}{\pd \dot{\bm{x}}_a} \end{align}

を用いると

\begin{align} \delta L =& \sum_a \dot{\bm{p}}_a \cdot (\delta\bm{\varphi}\times\bm{x}_a) +\bm{p}_a \cdot (\delta\bm{\varphi}\times\dot{\bm{x}}_a) \notag \\ =& \delta\bm{\varphi}\cdot\sum_a (\bm{x}_a\times \dot{\bm{p}}_a) + \delta\bm{\varphi}\cdot (\dot{\bm{x}}_a \times\bm{p}_a) \notag \\ =& \delta\bm{\varphi}\cdot \frac{d}{dt} \sum_a (\bm{x}_a\times\bm{p}_a) \end{align}

となるため,回転で不変な系では,角運動量$\bm{L}=\sum_a \bm{x}_a\times\bm{p}_a$が保存する。




時間並進対称性

今度は時間並進を考える。 時間並進

\begin{align} t\to t+ \delta t \end{align}

に伴うLagrangianの変化は

\begin{align} \delta L = \delta t \left( \frac{\pd L}{\pd q^i} \dot{q}^i +\frac{\pd L}{\pd \dot{q}^i } \ddot{q}^i \right) \end{align}

である($i=1,2,3,...,3N$)。 $\delta t$は単に時間の微小変化であるため,両辺を$\delta t$で割れば

\begin{align} \frac{dL}{dt}= \left( \frac{\pd L}{\pd q^i} \dot{q}^i +\frac{\pd L}{\pd \dot{q}^i } \ddot{q}^i \right) \end{align}

となる。 つまり,初めから$dL/dt$をチェーンルールを使って計算したのと同じことだ。 ここでまたEuler-Lagrange方程式を使って変形すれば

\begin{align} \frac{dL}{dt} =& \left( \frac{d}{dt}\frac{\pd L}{\pd \dot{q}^i } \dot{q}^i +\frac{\pd L}{\pd \dot{q}^i } \ddot{q}^i \right) \notag \\ =& \frac{d}{dt} \left( \frac{\pd L}{\pd \dot{q}^i } \dot{q}^i \right) \end{align}

となる。 両辺をまとめると

\begin{align} \frac{d}{dt} \left( \frac{\pd L}{\pd \dot{q}^i } \dot{q}^i -L \right) =0 \end{align}

となり,このときは,エネルギー

\begin{align} E \equiv \frac{\pd L}{\pd \dot{q}^i } \dot{q}^i -L \end{align}

が保存量となることがわかる。


Noetherの定理

空間並進,空間回転,時間並進という上述の例では,ある対称性が存在すると,それに対応する保存量が存在した。 このことを一般化したのがNoetherの定理である。 複数の変換をまとめて考えれば,一般の無限小変換は

\begin{align} \label {eq:delq_gen} q^i \to q^i+\sum_{\mu=1}^k \ep^\mu f_\mu^i (q,\dot{q}) \end{align}

と表せる。 ここで$1$から$k$まで走る添え字$\mu$で変換の種類を区別している。 $\ep_\mu$はそれらの変換ごとの無限小のパラメータで,$f_\mu^i$が具体的な変換の内容を表す。 例えば空間並進のみを考えるのであれば,無限小パラメータは添え字の要らない定数,変換関数は3次元空間で見たときの移動方向の単位ベクトル$\bm{e}$であるため,一般化座標を改めて粒子ごとの位置ベクトルにまとめることで

\begin{align} \bm{q}_a \to \bm{q}_a+\ep \bm{e}, \ \ (a=1,2,...,N) \end{align}

と対応させられる。

さて,変換(\ref{eq:delq_gen})の下でLagrangianの変化は

\begin{align} \label {delL} \delta L = \sum_\mu \ep^\mu \left( \frac{\pd L}{\pd q^i} f_\mu^i + \frac{\pd L}{\pd \dot{q}^i} \frac{df_\mu^i}{dt} \right) \end{align}

となる。 このとき,Lagrangianの変分が

\begin{align} \label {dLdt} \sum_\mu \left( \frac{\pd L}{\pd q^i} f_\mu^i + \frac{\pd L}{\pd \dot{q}^i} \frac{df_\mu^i}{dt} \right) = \sum_\mu \frac{d\Lambda_\mu}{dt} \end{align}

の形をしていれば,変換による両端を固定した作用への寄与は

\begin{align} \delta S = \sum_\mu \ep_\mu \int \frac{d\Lambda_\mu}{dt} dt =0 \end{align}

と消えるため,系は不変に保たれる。 個々の$\mu$について(\ref{dLdt})の左辺は

\begin{align} \left( \frac{d}{dt}\frac{\pd L}{\pd \dot{q}^i} f_\mu^i + \frac{\pd L}{\pd \dot{q}^i} \frac{df_\mu^i}{dt} \right) = \frac{d}{dt} \left( \frac{\pd L}{\pd \dot{q}^i} f_\mu^i \right) \end{align}

と全微分の形に変形できるため

\begin{align} \frac{d}{dt}J_\mu=0 \end{align}

を満たす量

\begin{align} J_\mu \equiv \frac{\pd L}{\pd \dot{q}^i} f_\mu^i -\Lambda_\mu \end{align}

が存在することがわかる。 対称な変換に対応して存在するこの保存量$J_\mu$をNoetherカレントと呼ぶ。



参考文献