ここでは,Noetherの定理と呼ばれる,系の持つ対称性と保存則に関する定理を紹介する。Noetherの定理は物理学において非常に重要な物であるが,それを示したNoetherは,女性であるという理由ではじめは大学から採用を拒まれ,数学者Hilbertのサポートにより職を得た後も女性差別の対象となった。 ジェンダーによる差別は,物理学界を含め,未だに学術界にも根強く残っている。ここでは,Noetherの定理について学びながら,そうした問題についても思いを巡らせてもらいたい。
さて,作用$S=\int dt L$がある連続的な変換の下で不変であるとき,すなわちその変換について対称性を持つとき,そこから導かれる運動方程式も不変に保たれる。 このとき,対称性に対応する保存量が存在するというのが,Notherの定理が述べることである。 以下では,まずその具体的な例を扱った後,最後にそれらを一般化した形としてNotherの定理を紹介する。 一般的な形から始めたい人は,最後の節を最初に読んでもらえればいい。
まず,$N$個の粒子からなる系を対象とし,系全体をある方向に一斉にずらす変換を考える。 Descartes座標系$\bm{x}=(x_1,x_2,x_3)$で考え,変化させる方向の単位ベクトルを$\bm{e}$とすれば,この変換は
と表せる。 ここで$a$は粒子を表すラベルで,$\ep$は無限小のパラメータを表している。 無限小でない変換については,この変換を積み重ねることを考えればいい。 このときLagrangianの変化は
となる。 この変換は,単なる$\bm{e}$に沿った方向微分であって関数形を変える変分ではないため,$\delta \dot{\bm{x}}_a=0$であることに注意しよう。 Lagrangianが空間並進の下で不変であるためには,任意の$\bm{e}$についてこの量が0である必要がある。 Euler-Lagrange方程式を使って書き換えれば
である。 すなわち,並進対称性を持つ系では,全運動量$\bm{p}=\sum_a \pd L/\pd \dot{\bm{x}}_a$の時間微分はゼロとなる:
言い換えると,$\bm{p}$は積分すると
となるため,運動量の各成分は保存量となる。 このように,積分した結果定数となる,すなわち運動に沿って不変である量を,運動の第1積分という。
続いて,前節で扱ったのと同様の系を空間的に回転させる変換を考える。微小角$\delta \varphi$だけ回転させたときの座標変化は
と表せる。 ここでベクトル$\delta \bm{\varphi}$は,回転軸に並行で大きさ$\delta \varphi$を持つベクトルとして定義されている(図1)。
図1:位置の変異$\delta \bm{x}$と,回転角ベクトル$\delta \bm{\varphi}$の関係
この場合のLagrangianの変化は
である。 ここで
を用いると
となるため,回転で不変な系では,角運動量$\bm{L}=\sum_a \bm{x}_a\times\bm{p}_a$が保存する。
今度は時間並進を考える。 時間並進
に伴うLagrangianの変化は
である($i=1,2,3,...,3N$)。 $\delta t$は単に時間の微小変化であるため,両辺を$\delta t$で割れば
となる。 つまり,初めから$dL/dt$をチェーンルールを使って計算したのと同じことだ。 ここでまたEuler-Lagrange方程式を使って変形すれば
となる。 両辺をまとめると
となり,このときは,エネルギー
が保存量となることがわかる。
空間並進,空間回転,時間並進という上述の例では,ある対称性が存在すると,それに対応する保存量が存在した。 このことを一般化したのがNoetherの定理である。 複数の変換をまとめて考えれば,一般の無限小変換は
と表せる。 ここで$1$から$k$まで走る添え字$\mu$で変換の種類を区別している。 $\ep_\mu$はそれらの変換ごとの無限小のパラメータで,$f_\mu^i$が具体的な変換の内容を表す。 例えば空間並進のみを考えるのであれば,無限小パラメータは添え字の要らない定数,変換関数は3次元空間で見たときの移動方向の単位ベクトル$\bm{e}$であるため,一般化座標を改めて粒子ごとの位置ベクトルにまとめることで
と対応させられる。
さて,変換(\ref{eq:delq_gen})の下でLagrangianの変化は
となる。 このとき,Lagrangianの変分が
の形をしていれば,変換による両端を固定した作用への寄与は
と消えるため,系は不変に保たれる。 個々の$\mu$について(\ref{dLdt})の左辺は
と全微分の形に変形できるため
を満たす量
が存在することがわかる。 対称な変換に対応して存在するこの保存量$J_\mu$をNoetherカレントと呼ぶ。