はじめに
Euler方程式の応用として,最速降下問題(brachistochrone problem)と呼ばれるものを考えよう。
これは,重力のみが作用する質点が,ある曲線に沿って始点からより低い位置にある終点に向かって降下するとき,終点まで最も速く達する曲線は何か,という問題である。
この問題を解くには,いくらかの数学の知識と多少の計算が必要であるため,答えだけが知りたい人は最後まで読み飛ばしてもらえればいい。
Euler方程式
曲線の線素を$ds$,速度を$v$とすると,時間要素は$dt=ds/v$と表せるから,この問題は,これを始点から終点まで積分したもの
\begin{align}
\label {tAB}
t_{AB} = \int_A^B \frac{ds}{v}
\end{align}
を最小にする曲線を見出す問題ということになる。
始点を基準に,鉛直方向下向きに$y$軸を取ると,エネルギー保存則
\begin{align}
\frac{1}{2}mv^2=mgy
\end{align}
より
\begin{align}
v=\sqrt{2gy}
\end{align}
であるため(\ref{tAB})は
\begin{align}
t_{AB} = \int_A^B \sqrt{ \frac{1+y'^2}{ 2gy }}dx
\end{align}
と書き換えられる。
ここで
\begin{align}
F=\sqrt{ \frac{1+y'^2}{ 2gy }}
\end{align}
とすると,Euler方程式の2項はそれぞれ
\begin{align}
\frac{dF}{dy} =& -\frac{1}{2y}\sqrt{ \frac{1+y'^2}{ 2gy }} \\
\frac{d}{dx}\frac{dF}{dy'} =& \frac{d}{dx}\frac{y'}{\sqrt{2gy(1+y'^2)}}
\end{align}
となる。2式目を
\begin{align}
\frac{d}{d x} \frac{y'}{\sqrt{y\left(1+{y'}^{2}\right)}}
=\frac{y''}{\sqrt{y\left(1+{y'}^{2}\right)}}-\frac{1}{2} \frac{{y'}^2}{\sqrt{y^3\left(1+{y'}^2\right)}}
-\frac{{y'}^2 y''}{\sqrt{y\left(1+{y'}^2\right)^3}}
\end{align}
を使って計算して,Euler方程式に入れ整理すると,微分方程式
\begin{align}
y^{\prime}+2 y y^{\prime} y^{\prime \prime}+y^{\prime 3} =0
\end{align}
にまとめられる。
この左辺は$(y+yy'^2)'$であるから,定数$C$を用いて
\begin{align}
y+yy'^2=C
\end{align}
とできる。
すなわち
\begin{align}
\label{eq:cyc1}
\frac{dy}{dx}
=
\sqrt{\frac{C-y}{y}}
\end{align}
である。
これが表すのは,明らかに直線や2次曲線などではない。
最速降下曲線
(\ref{eq:cyc1})を積分するには変数変換をする必要があるが,この場合,積分を容易にする変数を見つけるのは最速降下問題の答えを見つけることにほとんど等しい。
だが,(\ref{eq:cyc1})の形の微分方程式に従う曲線がどんなものかはすでに知られている。
実は,半径$a$の円が描くサイクロイド曲線は,回転角$\theta$を用いて
\begin{align}
x=&a(\theta-\sin\theta) \notag \\
y=&a(1-\cos\theta)
\end{align}
で記述される(図1)。
すると
\begin{align}
\frac{dx}{d\theta} =& a(1-\cos\theta)=y \notag \\
\frac{dy}{d\theta} =& a\sin\theta = \sqrt {y(2a-y)}
\end{align}
より
\begin{align}
\frac{dy}{dx}=\frac{dy/d\theta}{dx/d\theta}
=
\sqrt \frac{2a-y}{y}
\end{align}
となるから,(\ref{eq:cyc1})は$a=C/2$としたときのサイクロイド曲線であることがわかる。
つまり,最速降下問題の答えは,「サイクロイド曲線」ということである。
$C$あるいは$a$は軌道の終点から決められる。
この最速降下問題は,はじめJohann Bernoulliによって解かれ,その後この問題に関連するJakob BernoulliやEulerらの研究により変分法が生み出されたことから,歴史的な重要性を持っている。