【熱・統計力学】熱力学系と平衡状態
理論は,前提が単純であればあるほど,より多くの異なる事柄に関連付けられれば関連付けられるほど,そして適用範囲が広ければ広いほど強い感銘を与える。それゆえ,古典熱力学は私に強い感銘を与えたのだ。―Albert Einstein
Introduction
熱力学系
何かを研究するにあたって,まずその対象の境界定めなければならない。 焦点を当てるその対象を,物理学では系(system)と呼び,その境界の外をすべて環境(environment)と呼ぶ。 熱力学的な系は,容器に収められた水や空気,エンジンのような機械,そしてウシやヒトのような動物の身体でもありうる。 実験や理論的考察においては,環境は制御可能な熱浴(thermal/heat bath; reservoir)である場合が多い。
系はまた,境界(boundary)の性質によって分類がなされる。 境界がそれをまたいだ物質の交換を許すならば,その系は開放系(open system),許さないのであれば閉鎖系(closed system)と呼ばれる。 さらに,物質のみならず,境界を通したエネルギーの交換さえも行われない系は,孤立系(isloated system)と呼ばれる。
平衡状態と状態関数
熱力学的平衡状態
力学的な系の状態は,それを構成する$N$個の粒子の位置と速度を合わせた$6N$個の変数の組$(\bm{x}_1,\bm{v}_1,...,\bm{x}_N,\bm{v}_N)$によって指定される。 熱力学的な系も,分子と呼ばれる無数の粒子($N\sim 10^{20}$程度かそれ以上)によって構成される。 しかし,古典熱力学は,分子が実在するかどうかを巡る論争のさなか,系の構成要素に言及することなくその基礎が構築された。 言い換えれば,古典熱力学が扱う系は,ミクロの膨大な自由度を相手にすることなく,より少数の変数によって記述できるそのスケール特有の性質を持っている。
典型的なテキストなどでは,容器に入れた気体や液体が熱力学系の例として扱われる。 特に,ピストンの付いたシリンダーに封入された気体を考えることが多い。 ピストンの位置を変え,系の体積や圧力を変化させることで比較的容易に系の状態を操作できるからである。
こうした系を孤立させて,体積や外場のような外部から操作できるパラメータ(外部パラメータ)を保ったまま長時間放置すると,(目に見えるレベルで)時間的に変化しない状態に達する。 このような状態を熱力学的平衡状態(thermodynamics equilibrium state)という。 古典熱力学が扱うのは,この熱力学的平衡状態にある系と,別の平衡状態への遷移のみである。 よって古典熱力学について議論する間は,特に断りのない限り,状態あるいは平衡状態といえばある熱力学的平衡状態を指すこととする。
状態関数
熱力学的平衡状態に対し,値が一意に決まる量$X_1,X_2,...$を状態量(state quantity)といい,状態量を変数とし,$Z(X_1,X_2,...)$の形で与えられる関数を状態関数(state function)という。 状態関数自体も状態量である。 熱力学的平衡状態は系の経歴によらず,少数の状態量によって決定できる。
状態量としては,まず系の圧力やエネルギーといった系内部の性質(ミクロな状態に言及することを許すなら,系を構成する粒子の力学的状態)によって決まる内部パラメータがある。 加えて,平衡状態においては,内部パラメータは外部パラメータによって定められるという性質もあるため,これらの外部パラメータも状態変数に含められる。
これらの熱力学的パラメータは2種類に分類することができる。 1つは,系を分割したとき,分割された部分系における値の和が,分割される前の元の系での値に等しいような量で,示量的(extensive)な量という。 物質量,体積,質量などがこれにあたる。 もう1つは,圧力や密度のように系の各点できまった値を持っていて,分割した系での値が元の系での値と変わらない量で,示強的(intensive)な量と呼ばれる。
改めて,平衡状態はそこに至るまでに系がたどった状態の履歴によらず,そのときの状態量の組(状態変数)によって決定できる。 ある平衡状態から別の平衡状態に移行したときの状態関数の変化も,始めと終りの状態(状態変数の値)にのみ依存し,その経路にはよらない。 このことは,状態関数が全微分(完全徴分)を持つことに対応する。 つまり,いくつかの状態量$X_i$を独立変数とするある状態関数$Z=Z(X_1,X_2,...)$の微小変化は
の形に表せる。
References
―― (2017). 生物物理学における非平衡の熱力学 (新装版). 青野修 他 訳. みすず書房.