Introduction
エネルギーを供給しなくとも仕事をし続ける装置―第一種永久機関(perpetual motion machine of the first kind)と呼ばれる夢の装置―を実現するために,人々はかつて多大な努力を費やした。 しかし,そうした努力が実ることは決してなかった。 その結論として,代わりに人類が到達したのが,熱力学第一法則である。
熱力学第一法則は,熱力学的な系が外部と交換するエネルギーは,仕事と熱という2種類の形態をとるが,両者を考慮する限り,エネルギーは保存するということを述べる。 したがって,機械に投入した以上のエネルギーを要求する仕事をさせることはできないのである。
仕事と熱
系として容器に閉じ込められた流体を考える。 圧縮したりかき混ぜたりといった力学的な仕事をすることで,系の温度を上昇させることができる。 しかし,力学的な仕事を加えなくとも,対象とする系よりも高温の物体を近づけたり,接触させたりすることによっても温度を上昇させることができる。
例えば,それぞれ温度
現在では,熱は乱雑な運動をする分子の運動エネルギーに由来するものであると分っているが,熱力学の基礎が発展させられた19世紀前半の時点では分子運動論は確立されておらず,熱力学は熱の詳細について言及することなく定式化されている。
熱の正体が分からなくとも,経験的に,熱の透過が非常にしづらい,あるいは理想的には一切しない仕切りを構成することができる。 以下,この理想的な仕切りのことを断熱壁(adiabatic wall)と呼ぶ。
断熱仕事と内部エネルギー
断熱壁で囲まれた閉じた系(外部と物質のやり取りをしない系)を考える。 このような系であっても,内部に羽根車を通して回転させるとか,電熱線を入れて電流を流すとか,あるいは断熱壁でできたピストンを押し込んで圧縮するとかして,仕事をすることができる。 こうした系を調べることで,ある重要な経験的知識が得られる。 それは
何らかの仕事によって,断熱系の状態を変化させるとき,なされる仕事は系の始状態と終状態よって決まり,仕事の形態や系がその途中で取る状態には依存しない。
ということである。
するとこれにより,対応するポテンシャル関数の存在が示唆される(『仕事とエネルギー』参照)。
それを
である。
これは,断熱過程に関するエネルギー保存則を表しており,
熱と熱力学第一法則
今度は断熱壁ではなく,熱を通す壁―透熱壁(diathermic)―を用いて実験を行ってみると,系に及ぼす仕事と,内部エネルギーの変化分は等しいものではなくなる。 この違いは,断熱壁から透熱壁に取り換えることで生じることから,やはり,仕事とは異なる形態,熱としてのエネルギー移動が起こっていることが示唆される。
そこで,このエネルギーの移動量,熱をより良く捉えるため,次のような系を考察する。
系全体として断熱壁に囲まれているが,内部は透熱壁で2つの部分
で与えられる。

図1
このとき,部分系
あるいは
である。
この
と表せる。
ここで
この関係は,実験的な裏付けを持って一般化され
と書かれる。
すなわち,(
無限小の変化については
である。
系の状態を様々な方法で変化させるとき,その内訳は様々であるが,系になされる仕事と流入する熱の和は一定である。
と述べることもできる。
References
――アトキンス物理化学〈上〉. 中野 元裕ほか訳. 東京化学同人.
―― (2017). 生物物理学における非平衡の熱力学 (新装版). 青野修 他 訳. みすず書房.