状態量は熱力学的平衡状態においてのみ定義される量である。 そのため,系を平衡状態Aから別の平衡状態Bに移したとき,それらの状態間で値の差を考えることはできるが,非平衡状態にあるその過程での値について語ることは一般に意味をなさない。 しかし,系の状態を極力乱すことなくゆっくりと変化させることで,近似的に系が各瞬間で平衡状態にあるとみなせるような操作は可能である。 そのような過程を,準静的過程(quasi-static process)という。
例としてピストンのついたシリンダーに収められた系の変化について考える。 系の圧力を$P$,ピストンの面積を$A$とすると,系がピストンを押す力の大きさは
である。 摩擦を無視でき,系を乱すことなく$P$の変化も無視できるほどゆっくりとピストンを押せば,ピストン位置の微小な変異$dx$によって系になされる仕事が
と計算できる。 ここで,この圧縮による系の体積変化は$dV = Adx$であるから
である。 右辺の負号は,圧縮される場合($dV<0$),系になされる仕事の値が正となるようつけられている。
ある状態Aから別の状態Bに移る有限の変化の場合は
によって計算される。 ところで,この操作に対し,ピストンの位置を変化させる向きを逆にする操作も可能である。 そこで,状態Aから状態Bに移ったのち,同じ変化の道筋を逆戻りして状態Aに移すと,その際になされる仕事は
となる。 この性質はピストンによる操作に限らず成り立つ。 つまり,準静的過程は逆過程が可能であり,順過程と逆過程でなされる仕事はそれぞれ大きさは同じで符号を反転させたものとなる。
等温環境の中にある系の温度が,操作のはじめと終わりで環境の温度と等しくなるような過程を,等温過程(isothermal process)という。 等温過程はあくまで変化の前後の温度が変わらないというだけで,変化途中の温度がどうであるかは関係ない。 一般的には変化過程の系の状態は非平衡状態であり,そもそも系全体に一様な温度の定義ができない。 しかし,準静的な等温過程であれば,変化の過程で常に温度が定義でき,かつ一定であるとみなせる。
微小な仕事が(\ref{eq:dW_quasistatic})で与えられる場合,対応する熱力学第一法則の表現は
となる。 しかし,熱力学系には色々なものがあるし,それに応じて準静的過程が可能な仕事の形も様々ある。
例えば系が張力$f$で張られた糸やワイヤで,$dl$だけ長さが伸ばされたら,その時の仕事は$fdl$ である。 電気的に中性ではない系に電気的ポテンシャル$\phi$がかかっており,電荷が$de$だけ放出されたならば,電気的な仕事$-\phi de$がなされたことになる。
これら,張力やポテンシャルなどの一般化された力を$X_i$,対応するパラメータを$x_i$とすると,準静的過程における熱力学第一法則の一般的な表現は
となる。