Liouville方程式
確率密度分布$\rho$はあくまで理論的な道具であり,物理的実在ではないから,観測と整合する結果を与える限りその選択には自由がある。 しかし,確率密度として満たさなくてはならないいくつかの基本的な性質がある。 一つは確率の規格化条件で,相空間全体に渡る積分に対し
となることが要求される。 もう一つは確率の保存則である。 アンサンブルはあくまで仮想的な系の集まりであり,互いに相互作用することはないし,単独でも生成や消滅をすることはない。 したがってその確率分布は
の形で与えられる保存則を満たさなくてはならない。 $\bm{v}$は系が相空間上を移動する速度である。 $\rho$が相空間上の関数であることを考えると,二項目の発散項は
であり,最後の項はHamilton方程式より消えるから,連続の式は
となる。 これを,Liouville方程式(Liouville equation)という。 上式は,$\rho=\rho(t,q(t),p(t))$の時間全微分に他ならないから
であり,確率密度分布が,相空間内の軌道に沿って不変であることを示している。 これを,Liouvilleの定理(Liouville's theorem)という。
(\ref{eq:liouville_eq_1})の左辺二項目は,Poisson括弧を用いて
と書けるから,Liouville方程式は
とも表せる。
Liouvillenの定理と相空間体積
確率密度分布が軌道に沿って不変であるというLiouvilleの定理は,相空間体積が不変であるという表現をされることもある。 これはどういう意味であろうか?
確率密度分布$\rho$は,$6N$次元の$\Gamma$空間内にある,それぞれが系の瞬間的状態に対応する無数の点の集まりである。 点の数は実質的に無限とみなせるほど十分大きいため,その点の集まりは連続体として扱える。
初期値$\rho_0=\rho(t=0)$が,$\Gamma$空間内のある領域で,ある程度まとまった塊として与えられたとする。 改めて,塊を構成する個々の点は,それぞれ$N$粒子からなる一つのHamilton力学系に対応するから,この設定は,初期条件がわずかに異なる無数の系が用意されたことに対応する。 この塊を構成する各点は,Hamilton方程式に従い,時間とともに$\Gamma$空間内を移動していく。 初期条件の違いにより,各点は異なる発展の仕方をするから,それに伴って$\rho$は次第に$\Gamma$空間内を広がっていく。 これはまるで,水滴が薄くなりながら面上を広がっていくような過程である。 しかし,その水滴が非圧縮であり,物質量が保存されるならば,どれだけ薄くなって広まっても,それが占有する体積自体は不変である。
同じように,閉じた系の確率密度分布とみなせる非圧縮な$\rho$は,時間発展とともに$\Gamma$空間内での形状を変えても,それが占める体積は変わらない。 これがLiouvilleの定理が意味することである。
References
――(1977). キッテル統計物理. 斎藤信彦, 広岡一 共訳. サイエンス社.
――(1980). ランダウリフシッツ統計物理学 上・下. 小林秋男ほか訳. 岩波書店.