ここでは,ある種の理想的な気体が満たす関係式と,それにより『熱力学第零法則と経験温度』で導入したものよりも普遍性の高い温度スケールが定義できることを説明する。
温度が変化すると体積が変化したり,体積を変化させると圧力が変化したりと,状態量の間に関係が見られる。 そのような関係を表す式を一般に状態方程式(equation of state)という。
純物質では,原理的に体積$V$,圧力$P$そして温度$T$が与えられると平衡状態を決定できることが知られる。 そして,状態量が状態方程式によって関係づけられるために,そのうち2つを指定すれば十分である。 その場合,状態方程式は一般に
の形における。
状態方程式の解析的な表現が得られるケースは限られているが,希薄な気体ではいくつかの単純な法則が見出されてきた。 1654年,Otto von Guerickeによって真空ポンプが発明されると,Robert Boyleは助手のRobert Hookeと共にポンプを改良して実験を行い,1662年には,気体の圧力と体積の間に単純な関係が成り立つことを見出した。 現代ではBoyleの法則(Boyle's law)と呼ばれるこの法則は,温度と物質量一定の条件下で
が成り立つことを述べる。
その後,Jacques Charles(1787)とGay-Lussac(1802)により,温度上昇に伴う気体の膨張率が一定になることが発見された。 これはCharleの法則(Charles' law)と呼ばれ,次のように表現できる。 すなわち,圧力と物質量を一定の下,0$^\circ$Cのときの体積を$V_0$,$\theta^\circ$Cのときの体積を$V$としたとき
が成り立つ。 つまり,温度が1$^\circ$C上昇するごとに,体積は$V_0$の1/273.15ずつ増大する。 この関係は,温度スケールをずらして
とすると
という単純な比例関係に書き直せる。 そして,Boyleの法則とCharlesの法則を合わせると
が得られる。 さらに,この式の値は物質量$N$に比例することもわかるため,最終的に
とまとめられる。 $R$は定数である。
$N$はモルを単位とする粒子数と定義するのが一般的であるが,ここではまだ熱力学系のミクロな構成要素に言及しない形での定式化を進めているため,明示的にその単位は用いない。 粒子数の代わりには,例えば質量などを用いることもできる。 定数$R$の値や次元も,物質量の定義によって決まる。
(\ref{eq:boyles_law})および(\ref{eq:charles_law})したがってまた状態方程式(\ref{eq:ideal_gas_law})は,理想化された気体でしか厳密には成り立たない。 (\ref{eq:ideal_gas_law})が厳密に成り立つような理論上の気体を理想気体(ideal gas)という
理想気体は仮想的な存在であるが,理想気体の状態(\ref{eq:ideal_gas_law})は,希薄な気体であれば,気体の種類によらず良い近似となるため,実在の気体を記述する上でよいモデルになる。
また,Charlesの法則(\ref{eq:charles_law})は,$T=0$すなわち$\theta=-273.15^\circ$Cにおいて,$V$が0になることを示している。 実際には温度が低下していくと気体は凝固して気体の方程式を満たさなくなるが,形式的には原点$(T,V)=(0,0)$から伸びる直線によって$T$と$V$の関係を表せる。
つまり,理想気体が満たす関係式は,普遍性と絶対的な基準を持つ温度スケールを提供する。 こうして得られる温度スケール(\ref{eq:gas_absolute_temperature})を,理想気体温度スケール(ideal-gas temperature scale)という。