Introduction
Boltzmann方程式は,希薄な気体を構成する粒子の分布関数の時間発展を記述するものとして導出された。 閉じた系としての気体を放置すると,やがて平衡状態に落ち着くが,Boltzmann方程式が気体の時間発展を正しく記述するのであれば,このような経験的事実とも整合する結果が与えられなくてはならない。 ここでは,Boltzmann方程式が実際にこのような不可逆的時間発展の性質を内包していることを示す。H関数
分布関数$f$を用いて定義される
を導入する。 この関数$H$は$H$関数($H$ function)と呼ばれる。 分布関数そのものではなく,$H$の時間発展を調べることで,Boltzmann方程式が含む極めて重要な事実が明らかになる。
Boltzmann方程式を用いると$H$の時間微分は
となる。 最後の項は粒子数保存則より消え
だけが残る。 この項の性質を調べるため,衝突項に任意の関数$\psi(x,v,t)$をかけて速度空間で積分した
について調べる。
改めて記号の意味を確認すると,Boltzmannの衝突項に含まれる$f=f(t,x,v)$は考慮している系の分布関数であり,$f_1=f(t,x,v_1)$は衝突相手の分布関数である。 また,プライムが付いているものは,それぞれ衝突後の分布関数である。 関数$\psi$についても,対応する速度変数に応じて同様の表記を用いる。 まず,$v\leftrightarrow v'$に対する積分の重みの対称性と,ラベルの付け直しにより
という等式が得られる。 二つ目の等号ではカッコ内の項の入れ替えを,三つ目の等号では速度変数の表記の入れ替えを利用している。 このうち,最初と最後の表現を足して半分にすると
を得る。 さらに,$(\bm{v},\bm{v}')\to(\bm{v}_1,\bm{v}_1')$のように衝突粒子の役割を入れ替えると
ともできる。 これらをまた足し合わせて半分にすると
を得る。
H定理とエントロピー増大則
得られた関係(\ref{eq:coll_moment})を用いると,$H$関数の時間微分は
と変形できる。
この被積分項を見てみると,$dH/dt$は決して正にならないことがわかる。 というのも,もし$f'f_1' > ff_1$ならば対数部分は負,$(f'f_1'-ff_1)$は正となり,全体としては負の値を取る。 反対に,$f'f_1' < ff_1$ならば対数部分は正,$(f'f_1'-ff_1)$は負となり,やはり全体として負になる。 つまり,関数$H$は時間とともに減少し続ける:
そして,減少が止まるのは$f'f_1'=ff_1$となるところである。 この事実は,$H$定理($H$-theorem)と呼ばれる。
$H$定理は,$H$関数がエントロピーと密接に関係していることを強く示唆している。 実際,負号を逆にし,次元を合わせるためにBoltzmann定数$k_B$をかけ
とすることで,(\ref{eq:H_theorem})はエントロピー増大則
となる。
ただし,Boltzmann方程式は,基本的には粒子間の相互作用が無視できるような希薄な気体に関して成り立つ方程式であることに改めて注意しよう。 それゆえ,$H$関数も微視的な観点からのエントロピーの一般的な表現とまではいえない。
これを一般化したものに対応するのが,いわゆるBoltzmannエントロピーと呼ばれるものである。
References
――(1982). 物理的運動学 (ランダウ=リフシッツ理論物理学教程) 1 & 2. 井上健男ほか訳. 東京図書.