Introduction
断熱系では,エントロピーの変化は負にならない。 すなわちなのであった。 また,平衡状態では$dS=0$,すなわちエントロピーは極値を取る。 この場合,極値は最大値である。 すなわち,断熱過程では,エントロピーは平衡状態になるまで増大し続ける。
平衡状態で極値を取るということは,パラメータ$\xi_i$の変化に対し
であるということである。 添え字のeqは平衡状態における微分であることを示している。
以下,より具体的な例を用いてこの性質について考察する。
熱平衡
外部から仕事をされないよう固い断熱壁で囲まれた,2つの部分系からなる孤立系を考える。 系は単一成分からなる系で,内部も断熱壁を用いて分割されており,各部分系の状態はそれぞれ$(U_1,V_1,N_1)$と$(U_2,V_2,N_2)$で指定できるとする。 このような条件下では,系全体の内部エネルギーは保存するから
が成り立つ。
断熱壁を透熱壁に変え,2つの部分系同士での熱交換を許す(断熱壁と透熱壁を二重に差し込んで置いて,断熱壁だけをゆっくり取り除くような操作を想定すればいい)。 これらの仕切りは固定されており,各部分系の体積は変化しないものとする。 系をそのまま放置すれば,部分系同士がエネルギーを交換し,新たな平衡状態に至る。 新たな平衡状態は,元の部分系の状態に近く,部分系1が得たエネルギーは微小量$dU_1$で与えられるとする。 このとき,エネルギー保存則より,部分系2が得たエネルギーは$-dU_1$となる。 一般の微小なエントロピー変化は
であるが,物質の交換を許さない固定された壁で仕切られているため,この変化に伴う各部分系のエントロピー変化は
である。 また,系のエントロピー変化は,それぞれの部分系のエントロピー変化の和であり,断熱壁で囲まれているからその値は負になることはなく
である。
$1/T_1>1/T_2$すなわち$T_1 < T_2$の場合,上の不等式が成り立つためには$dU_1>0$である。 つまり(\ref{eq:dS_thermal})は,2つの部分系の間にある温度差が駆動力となり,温度が高い方から低い方に熱としてエネルギーが移るという,直感的な認識と整合する事実を示している。 また,任意の$dU_1$について等式が成り立ち
となるのは,2つの部分系が互いに熱平衡状態にあるとき,すなわち
のときである。
力学的平衡
続いて,同様の設定をした系において仕切りの固定を外し,自由に移動できるようにすると,エネルギー交換による内部エネルギーの変化に加え,部分系同士の圧力差により体積変化も生じる。 この変化は,系全体の体積が一定であるという拘束の下で進行するから,部分系1の体積変化$dV_1$に対し,部分系2の体積変化は$-dV_2$となる。 このときのエントロピー変化は
である。 $T_1=T_2$であれば
であり,圧力差が体積の流れを駆動する。
であれば,すなわち任意の$dV_1$に対し
であれば,力学的平衡(mechanical equilibrium)が成り立ち,体積変化は生じない。
化学平衡
今度は,仕切りを物質の交換を許す固い壁に変える。 この場合は,エネルギーと物質量の変化が起こる。 総物質量が保存することから,部分系1の物質量変化$dN_1$に対し,部分系2の変化は$-dN_2$となり,その結果
が得られる。 この場合,$T=T_1=T_2$であれば
であり,$\mu_1>\mu_2$ならば$dN_1<0$であるから,物質は$\mu$が高い方から低い方へ流れることが分かる。 それゆえ$\mu$は化学ポテンシャルと呼ばれる。 $T_1=T_2$の下,物質の流れは生じない条件は
あるいは
となり,この場合の駆動力としての化学ポテンシャル差が存在しないことである。 これを化学平衡(equilibrium)という。
これらの結果を一般化すると,2つの部分系からなる孤立系のエントロピー変化は
と表せる。 示量変数の変化分の添え字は省略した。 熱平衡,力学的平衡および化学平衡が同時に成り立っている場合にのみ,$dS=0$である。 この状態が,熱力学的平衡状態に対応する。
流れとエントロピー生成
(\ref{eq:dS_isolated_general})における流れの駆動力,すなわち示強変数の差を
と表すことにする。 また,対応する示量変数の流れを
とすると,(\ref{eq:dS_isolated_general})を$dt$で割ることで
を得る。 つまり,エントロピー生成率は,流れと対応する駆動力の積を足し合わせたもので与えられる。 この関係は,非平衡系の熱力学への重要な入り口となる。
References
―― (2017). 生物物理学における非平衡の熱力学 (新装版). 青野修 他 訳. みすず書房.